【ふしぎな川柳 第九十四夜】ほんとうってなに-岩井三窓-
- 2016/05/03
- 02:14

ほんとうの咳をだまって聞いている 岩井三窓【本当は、ほんとうは、ない】「ほんとう」ってたぶん「ほんとう」ではないんですよね。「ほんとう」っていうのは存在していないものなんだと思うんです。でも、それでも、「ほんとう」はある。だとしたらその「ほんとう」とはなんなのか。それってこの句がえぐりだしているように〈関係的〉なものだと思うんですよ。わたしがこうだと決めたから「ほんとう」なのではなくて、眼の前の...
【ふしぎな川柳 第九十三夜】あっちが主語-Sin-
- 2016/05/02
- 23:58

あの雲は僕が嫌いだ 猫のヒゲ Sin【僕は僕を嫌いだ】このSinさんの句でひとつ面白いなと思ったのが「僕が」と言いながらも、主語が「雲は」にあるんですね。「僕が」と言いながらもその「僕」は「雲」の目的語というか対象物なんですよ。つまりこれって〈雲〉が主体の句なんですね。雲がなにかを考えている句なんです。でも実は事態ははもっと込み入っているわけです。「猫のヒゲ」みたいに敏感でびりびりしていてマジカルです...
【ふしぎな川柳 第九十二夜】接近不可能性と猫-新家完司-
- 2016/05/02
- 17:24

猫に石投げて当たったことがない 新家完司ハイゼンベルク「不確定性原理」;物質の最も微少な構成要素の場合、各観測過程が観測対象に大きな攪乱を惹き起こすため、観測者は観測対象を正確に記述することができない。 土田知則『文学理論のプラクティス』【猫と不確定性理論】『猫川柳アンソロジー ことばの国の猫たち』からの一句です。この句ってすごくよく《猫の根っこ》を描いているような気がするんですね。それはなに...
【フシギな川柳 第九十一夜】わたくしと火星猫-木本朱夏-
- 2016/05/02
- 17:04

わたくしを跨いで猫が出て行った 木本朱夏ゆめのなかの母は若くてわたくしは炬燵の中の火星探検 穂村弘【わたくしのふしぎ】『猫川柳アンソロジー ことばの国の猫たち』からの一句です。〈わたくし〉ってまえから不思議だなあっておもってたんですが、このわたくしって短詩独特の質感だと思うんですよ。散文とかでとつぜん「わたくし」って言ったらかなりのバイアスがかかってしまう。そこからすべての意味的背景が変わって...
【ふしぎな川柳 第九十夜】恣意的なおはよう-兵頭全郎-
- 2016/04/28
- 01:13

おはようございます ※個人の感想です 兵頭全郎【意味の法律家】兵頭全郎さんの句集『n≠0』からの一句です。全郎さんの川柳ってすごく難しいなと思っていて、でも私がちょっと思うのは、全郎さんの川柳から川柳論のようなものをたちあげていくと、すごく新しい川柳論ができるんじゃないかなと思ってるんですね。これは直観なんですが。で、なんでそう思うかというと、あんまり他ジャンルの手法が〈もちこみ〉で使えないという...
【感想】ハイ着地大して飛べてなかったな 竹井紫乙
- 2016/04/28
- 00:39

ハイ着地大して飛べてなかったな 竹井紫乙【きょう、ひよこになること】竹井紫乙さんの句集『ひよこ』のいちばん最後におかれた句です。わたしは句集『ひよこ』は大好きなんですが、実はこの「着地」の句だけはあんまり好きではなかったんですよ。これだと『ひよこ』にていのよい物語の終わりがついてしまうきがして。なにか〈終わり〉がついてしまうのがどうなんだろうって思ったんです。でもさいきん読み返していたときに、い...
【ふしぎな川柳 第八十九夜】そうだね、クリストファー-魚澄秋来-
- 2016/04/26
- 21:44

クリストファーと名付けたくなる朝がある 魚澄秋来【やってきたクリストファー】これすごくすてきな句だなと思って、以前からずっと考えてたんですね。語り手にとってこの朝っていうのがかけがえのない朝だったんだ、スペシャルな朝だったんだっていうのはひとめでわかる。じゃあどうしてスペシャルだとわかるのか。まず、〈名づけ〉ですよね。名前がつくとカテゴライズされてそれはスペシャルなものになる。どうして特別なもの...
【感想】自転車でいつも助けてくれた人 竹井紫乙
- 2016/04/25
- 19:14

自転車でいつも助けてくれた人 竹井紫乙【認識(おそれ)と規定(おののき)】俳句ってなんだろうって考えたときに、ひとつの俳句論として、《俳句とは簡潔な認識である》っていうのがあると思うんですね。ただふっと《認識》する。意味付けはしない。ただちらっと、ふっとみたものをそれそのままに提出する。そういう俳句論の流れがあるとおもうんです。認識なので物語にはならないのが俳句です。感情もそこには入ってこない。...
【ふしぎな川柳 第八十八夜】死にました、よ-岩田多佳子-
- 2016/04/08
- 18:24

やわらかい指で差されて死にました 岩田多佳子ここは、いったいどこだろう、なんの物音もない。そのような、無限に静寂な、真暗闇に、笠井さんは、いた。 太宰治「八十八夜」【形式のなかであなたと暮らす】さいきんちょっと現代川柳にはなぜ〈口語形式〉が多いんだろうって考えていたんです。ぜったいに非経済的なはずなんです。17音しかないわけですから、口語なんて饒舌な形式を選ぶのは間違っている。しかも、〈ていね...
【ふしぎな川柳 第八十七夜】ゆっくりねむっていってね-弘津秋の子-
- 2016/04/02
- 00:14

春の小川講演会でよく眠る 弘津秋の子【眠ることは、非接続的接続】わたし、ねむる句っていうのが好きなんですね。なんていうんでしょう、わざわざ〈川柳〉という形式のなかに踏み出していったのに、その〈川柳〉という形式のなかで眠ってしまう。どうゆうことだ、っておもうんですね。でも、基本的に文学は、眠るひとのものでもあるような気がするんですよ。前回の佐藤幸子さんの句もそうだったんですが、文学って基本的には言...
【ふしぎな川柳 第八十六夜】〈ふわっ〉とした私性-佐藤幸子-
- 2016/04/01
- 23:18

ふわっと骨折水の流れに逆らえず 佐藤幸子【ふわっとしたリアル】わたし、この佐藤さんの句とても好きなんですね。で、佐藤さんのお家に遊びに行かせていただいたときに、佐藤さんがこの句は〈そのまま〉を描いたのよ、っておっしゃったんですよ。だから佐藤さんにとってこの句って〈私小説〉的なんですね。そのまま、なんですよ。でも、一読して〈私小説〉的にはみえませんよね。それは「ふわっと」という副詞がどう考えても「...
【ふしぎな川柳 第八十五夜】ラスト・オブ・ニッポン-川合大祐-
- 2016/03/06
- 13:02

兄弟よわたしは한が読めません 川合大祐【一歩手前でたちずさんで】この「한(ハン)」っていう字は《長い時間のなかで堆積された気持ち》をあらわす韓国語らしいんですが、「読めません」という時にそういう《長い時間における感情》がいったんシャットダウンされるのかなとも思うんですよね。時間が無化されて、言語的共有もできないなかで、それでも「兄弟よ」と呼びかける《連帯しようのない連帯》がここにはある。それって...
【ふしぎな川柳 第八十四夜】にんげんの加減-岩田多佳子-
- 2016/03/05
- 14:03

にんげんでいる力加減がわからない 岩田多佳子【加減ではあくする世界】現代川柳をみていると、たぶん、川柳っていうのは〈アンチヒューマニズム〉というか、反人間主義だということはわかってくるんです。現代川柳はあんまり人間人間しているものに興味を示さない。それよりも、くるぶしとか鹿の肉とかもなかとかコロボックルとかササキサンとか、よくわからないものに愛着をいだく。ただこの岩田さんの句を通してあらためて考...
【ふしぎな川柳 第八十三夜】蠅と蠅-野沢省悟-
- 2016/03/05
- 09:30

家庭医学辞典に蝿が寄ってくる 野沢省悟ああむこう側にいるのかこの蠅はこちら側なら殺せるのにな 木下龍也ハエをたたきつぶしたところで、ハエの物自体は死にはしない。単にハエの現象をつぶしたばかり。 ショーペンハウエル【蝿男の恐怖!!!】蝿、ってなんだろう、ってときどき考えることがあって……、いや、そんなには考えないんです、正直いうとそんなには考えていなかった、でも木下さんの蝿の短歌ってとても印象的だ...
【ふしぎな川柳 第八十二夜】暗黒川柳とは、なにか-竹井紫乙-
- 2016/03/04
- 07:20

真夜中のラーメン魔界へと続く 竹井紫乙 (『句集 白百合亭日常』)【きょうから使える黒魔法】さいきん川合大祐さんの川柳をずっとみる機会があって、で、読んでいると大祐さんの川柳の魅力のひとつに〈暗黒面〉をいろんな方法で扱っているということがわかってくるんですね。ひとが抱えている闇や狂気のぶぶんというか、暗黒面の描き方がとてもおもしろい。ただそれは大祐さん独自の表現方法にくわえて、も...
【ふしぎな川柳 第八十一夜】このへんでもあのへんでもよかった-田久保亜蘭-
- 2016/02/28
- 00:56

この辺に鼻をつけてもいいですか 田久保亜蘭【ここでなくてもそこでもいい】『おかじょうき』2016年2月号からの一句です。このあらんさんの句って、すごく《川柳っぽい》と思うんですね。じゃあどこが川柳っぽいのかというと、《巨大な恣意性》にあるとおもうんです。川柳はいうなればわたしは《巨大な恣意性》だとおもう。どういうことか。「この辺に鼻をつけてもいいですか」と句は語っていますよね。まず「この辺に」という...
【ふしぎな川柳 第八十夜】みっつめの耳-野沢省悟-
- 2016/02/23
- 01:07

みっつめの耳をさがしている吹雪 野沢省悟【吹雪の認識】省悟さんの吹雪の句には、てのひらの一本道に吹雪来る 野沢省悟という句もあるんですが、どちらも「耳」や「てのひら」という〈身体のパーツ〉が「吹雪」とめぐりあっています。興味深いのは、〈身体のパーツ〉が語り手の道しるべになっていることです。「てのひら」は「一本道」だし、「吹雪」のなかで「耳をさがしている」ということは、その「みっつめの耳」を見つ...
【ふしぎな川柳 第七十九夜】ゆらゆら帝国で考え中-なかはられいこ-
- 2016/02/22
- 23:36

こんなときだけど鳩の脚ピンク なかはられいこ【バック・トゥ・ザ・ピンク】荻原裕幸さんが『現代川柳の精鋭たち』という本のアンソロジーの解説で川柳という表現形態は「日常に近似した」言葉で「読者の世界観への震度のようなものの絶対値が問われる」文芸だとおっしゃっていたんですが、この〈読者への揺さぶり〉〈読者をゆらゆらさせること〉って川柳にとってはとても大事なものだとわたしも思うんです。荻原さんの言葉をわ...
【ふしぎな川柳 第七十八夜】ゆめのりんかく-月波与生-
- 2016/02/21
- 08:37

この先の夢はむかしもみたような 月波与生【夢をみている私は私をみている夢にみられる】夢ってたぶん誰もが毎日行っているひとつの〈表現〉だとはおもうんですね。この「表現」って言葉はいま、《理屈がいまいちわからない表出》という意味でつかってみたんですが、夢ってこれだけ毎日みているのにぜんぜん理屈や構造がつかめない。形式的〈りんかく〉がよくわからない。だからおなじ夢をリピートしようとしてもなかなかむずか...
【ふしぎな川柳 第七十七夜】相対地獄から-清水かおり-
- 2016/02/18
- 23:48

血族は可動橋からやって来る 清水かおり目隠しをしてオルガンを弾いている 〃【現代川柳相対性理論】『川柳木馬』147号・2016冬から清水さんの句です。ここにある清水さんの句のひとつのおもしろさって〈相対性の挿入〉なんじゃないかと思うんですね。たとえばそれは「可動橋」といったあげさげできる橋や、「目隠し」という視覚遮断にあらわれている。どっちも相対的なシャットダウンです。可動橋は通行させようと思えばそ...