【感想】攝津幸彦とまんじゅしゃげパッケージング-最後にムーミン谷へ-
- 2015/10/15
- 00:00
性交のまへとうしろに曼珠沙華 攝津幸彦
快晴の警察と寝る曼珠沙華 〃
敵性といふ言葉あり曼珠沙華 〃
曼珠沙華かの細胞をうらみけり 〃
【ちょっとした超越】
ちょっと攝津幸彦さんの曼珠沙華の句がおもしろかったので数句抜き出して並べてみました。
ちょっと思うのが、攝津幸彦さんの俳句にとって曼珠沙華っていうのは〈パッケージング〉としてあったのではないかということです。
たとえば、
性交のまへとうしろに曼珠沙華 攝津幸彦
がよくあらわしているように、まえから・うしろから「性交」を曼珠沙華がパッケージングしていく。そいう曼珠沙華という〈包装〉によって「性交」の質そのものが変わっていく。
敵性というなにかこう敵対心をひっぱりだすような性質のひとがいる。そういう敵性っていうことばがあるんだよ、っていう出来事が曼珠沙華パッケージングされ、また違った出来事性に転化していく。
曼珠沙華ってそもそも天界の花ともいわれて見るものに悪を離れさせるちからをもつともいわれているけれど、そういう意味を知らなくても曼珠沙華という響きにサンスクリット語の宗教的な香りがしますよね。そういう宗教性っていうのは超越性としての〈転化〉のちからが意味的にあるとおもうんですよ。
〈ちょっとした超越〉パッケージングとでもいったらいいのでしょうか。「快晴の警察と寝る」という出来事を〈ちょっとした超越〉で包装する。それがまんじゅしゃげパッケージングなんじゃないでしょうか。
たとえば、どうしても超越化できない固有としての〈自傷〉も、すこしだけ〈超越化〉する。
笑むことも自傷のひとつ曼珠沙華 田中亜美
『ムーミンパペットアニメーション』の「氷姫」からムーミン谷のなかの明確な〈栗鼠の死〉。ムーミン谷もまたあちこちに〈超越性〉が散在している
快晴の警察と寝る曼珠沙華 〃
敵性といふ言葉あり曼珠沙華 〃
曼珠沙華かの細胞をうらみけり 〃
【ちょっとした超越】
ちょっと攝津幸彦さんの曼珠沙華の句がおもしろかったので数句抜き出して並べてみました。
ちょっと思うのが、攝津幸彦さんの俳句にとって曼珠沙華っていうのは〈パッケージング〉としてあったのではないかということです。
たとえば、
性交のまへとうしろに曼珠沙華 攝津幸彦
がよくあらわしているように、まえから・うしろから「性交」を曼珠沙華がパッケージングしていく。そいう曼珠沙華という〈包装〉によって「性交」の質そのものが変わっていく。
敵性というなにかこう敵対心をひっぱりだすような性質のひとがいる。そういう敵性っていうことばがあるんだよ、っていう出来事が曼珠沙華パッケージングされ、また違った出来事性に転化していく。
曼珠沙華ってそもそも天界の花ともいわれて見るものに悪を離れさせるちからをもつともいわれているけれど、そういう意味を知らなくても曼珠沙華という響きにサンスクリット語の宗教的な香りがしますよね。そういう宗教性っていうのは超越性としての〈転化〉のちからが意味的にあるとおもうんですよ。
〈ちょっとした超越〉パッケージングとでもいったらいいのでしょうか。「快晴の警察と寝る」という出来事を〈ちょっとした超越〉で包装する。それがまんじゅしゃげパッケージングなんじゃないでしょうか。
たとえば、どうしても超越化できない固有としての〈自傷〉も、すこしだけ〈超越化〉する。
笑むことも自傷のひとつ曼珠沙華 田中亜美
『ムーミンパペットアニメーション』の「氷姫」からムーミン谷のなかの明確な〈栗鼠の死〉。ムーミン谷もまたあちこちに〈超越性〉が散在している
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