【ふしぎな川柳 第十一夜】鯖缶の中で会いましょう-榊陽子-
- 2015/11/07
- 00:30
ラジオ体操第二は鯖缶の中で 榊陽子
【間に合わなかったじゆうけんきゅう「かんづめのふしぎ」】
今年の夏に自由研究をしていて、それは「かんづめのふしぎ」っていうやつだったんですけど、夏休みが終わるまでに間に合わなかったんですね。8月31日にひっしになって、工作をしたり、日記にすべて晴れと書いたりしていたんだけど間に合わなかった。どれも。
で、川柳のなかの缶詰ってちょっとふしぎだなとおもっていてですね、たとえばこんな缶詰の句があるんですよ。
お別れに光の缶詰を開ける 松岡瑞枝
たとえばこれは定型で区分すると、
おわかれに/ひかりのかんづ/めをあける
っていうふうに、缶詰が開封されるかたちになるんですよ。シュバッと。
で、ですね。榊さんのこの句もですね、定型でわけてみると、
らじおたいそう/だいにはさばか/んのなかで
というふうに「鯖缶」が開封されるかたちになるんですね。ちょっとこれ、ふしぎだとおもうんですね。定型のなかで缶詰がでてくると、なにか定型が缶切りになって、缶詰を開けようとするちからが、でてくる。これはなんだろう。
ちょっとふしぎなんですよね、そのことが。
この句のことばを借りていうならば、定型って副次的な力が働く場所なんですね。ラジオ体操第二みたいに。こ、これは副次的な体操だろ、だってへんてこだよこの体操は、って思いながらやるような、副次的ではあるんだけれど、でもわりと力強い運動でもあるように、定型のちからってけっこう強力なんだとおもうんですよ。だから、缶切りにも、なる。
で、このふしぎを今年の夏のじゆうけんきゅうにすればよかったなとおもったんです。
まにあわなかったけれど。
生きていく鯖のひかりも呑みこんで 畑美樹
砂田麻美『夢と狂気の王国』(2013)。宮崎駿のドキュメンタリーなんですけどむしろ〈映画〉としてすごくよくできてるんですね。で、なんでこんなにいいんだろうって思って何回も観直しているんですが、たぶんそれってこの映画の語り手の〈聴かない〉態度だと思うんですよ。ドキュメンタリーっていうと、なんでもかんでもきこうとする、ことばを拾おうとしますよね。でもこの映画の語り手って大事なところであえてそこを抑制するんですよ。で、ですね、タイトルにもあらわれているけれど、宮崎駿というひとはたぶん〈狂気〉のひとだとおもうんですね。私小説的になにかをつくればすぐに人類が滅びる物語を喜んでつくってしまう。でもアニメっていう定型がその〈狂気〉をコントロールしてきた。それがこの映画をみると映画的にわかるようになっている。いい映画だなあっておもいます。ラストのドキュメンタリーにはおそらく異例のロングショットもすごくいいですよ。
あの屋根からね
その右の屋根から隣の屋根に
飛び移って駆け抜けてその緑色の壁があるでしょう?
緑と青っぽいそのところに飛びついて
あの配管をよじ登ってですね
あの屋根の上を走って
更に向こうのビルに行くっていうのを
アニメーションでやったら
面白いでしょ?
それで 電線の上を歩けたら
向こう側にも行けるはずなんですよ
もう 上から見てみると
本当に 全部むき出しに
色んなものが見えるんですよ
あのブロック塀の上を走り抜けることが
出来るはずなんですよ
そうやっただけでね つまんない街だと
思ってるところが
とんでもない映画の舞台になるんですよ
そうやって見ると結構面白いでしょ?
面白いんですよ
はるか向こうまで
行けそうな気がするよね
行けるんじゃないかな
宮崎駿『夢と狂気の王国』
【間に合わなかったじゆうけんきゅう「かんづめのふしぎ」】
今年の夏に自由研究をしていて、それは「かんづめのふしぎ」っていうやつだったんですけど、夏休みが終わるまでに間に合わなかったんですね。8月31日にひっしになって、工作をしたり、日記にすべて晴れと書いたりしていたんだけど間に合わなかった。どれも。
で、川柳のなかの缶詰ってちょっとふしぎだなとおもっていてですね、たとえばこんな缶詰の句があるんですよ。
お別れに光の缶詰を開ける 松岡瑞枝
たとえばこれは定型で区分すると、
おわかれに/ひかりのかんづ/めをあける
っていうふうに、缶詰が開封されるかたちになるんですよ。シュバッと。
で、ですね。榊さんのこの句もですね、定型でわけてみると、
らじおたいそう/だいにはさばか/んのなかで
というふうに「鯖缶」が開封されるかたちになるんですね。ちょっとこれ、ふしぎだとおもうんですね。定型のなかで缶詰がでてくると、なにか定型が缶切りになって、缶詰を開けようとするちからが、でてくる。これはなんだろう。
ちょっとふしぎなんですよね、そのことが。
この句のことばを借りていうならば、定型って副次的な力が働く場所なんですね。ラジオ体操第二みたいに。こ、これは副次的な体操だろ、だってへんてこだよこの体操は、って思いながらやるような、副次的ではあるんだけれど、でもわりと力強い運動でもあるように、定型のちからってけっこう強力なんだとおもうんですよ。だから、缶切りにも、なる。
で、このふしぎを今年の夏のじゆうけんきゅうにすればよかったなとおもったんです。
まにあわなかったけれど。
生きていく鯖のひかりも呑みこんで 畑美樹
砂田麻美『夢と狂気の王国』(2013)。宮崎駿のドキュメンタリーなんですけどむしろ〈映画〉としてすごくよくできてるんですね。で、なんでこんなにいいんだろうって思って何回も観直しているんですが、たぶんそれってこの映画の語り手の〈聴かない〉態度だと思うんですよ。ドキュメンタリーっていうと、なんでもかんでもきこうとする、ことばを拾おうとしますよね。でもこの映画の語り手って大事なところであえてそこを抑制するんですよ。で、ですね、タイトルにもあらわれているけれど、宮崎駿というひとはたぶん〈狂気〉のひとだとおもうんですね。私小説的になにかをつくればすぐに人類が滅びる物語を喜んでつくってしまう。でもアニメっていう定型がその〈狂気〉をコントロールしてきた。それがこの映画をみると映画的にわかるようになっている。いい映画だなあっておもいます。ラストのドキュメンタリーにはおそらく異例のロングショットもすごくいいですよ。
あの屋根からね
その右の屋根から隣の屋根に
飛び移って駆け抜けてその緑色の壁があるでしょう?
緑と青っぽいそのところに飛びついて
あの配管をよじ登ってですね
あの屋根の上を走って
更に向こうのビルに行くっていうのを
アニメーションでやったら
面白いでしょ?
それで 電線の上を歩けたら
向こう側にも行けるはずなんですよ
もう 上から見てみると
本当に 全部むき出しに
色んなものが見えるんですよ
あのブロック塀の上を走り抜けることが
出来るはずなんですよ
そうやっただけでね つまんない街だと
思ってるところが
とんでもない映画の舞台になるんですよ
そうやって見ると結構面白いでしょ?
面白いんですよ
はるか向こうまで
行けそうな気がするよね
行けるんじゃないかな
宮崎駿『夢と狂気の王国』
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