【あとがき】なかはられいこ『脱衣場のアリス』のあとがき
- 2016/02/04
- 21:18
服を脱ぐ。
いちまい、いちまい、裏返ったり、よじれたり、どこかに引っかかったりしながら身体を離れてゆく布たちには、現実の世界を生きたわたしの匂いが一日分だけ残っている。
きょう見たもの、聴いたもの、感じたもの、考えたもの、すべてをひっくるめて洗濯機が回る。
脱衣場の鏡には壊れかけのホログラフィのように、さまざまなひとの姿が明滅する。
ちょっとでも取り扱い方法をまちがえば簡単に崩れたり壊れたりしてしまう弱くてはかないものたちが、像を結びかけては、はっきりした形にならないまま消えてゆく。
フツーの日々をフツーに暮らしていると、へいきで見なかったことにしてしまえる、どうしようもない弱い者たち、はかない事たち。わたしはそれらを、もしかしたら、ずっと忘れたまま暮らしてゆくかもしれなくなることがなによりも怖い。
怖くてしかたがないから、忘れてしまわないように言葉にしておこうとしているのかもしれない。
自分の弱さをそばに置いて、いつでも取り出せるように。
世界が見せたがっている、強くて正しいものたちの物語にわたし自身が埋もれてしまわないように。
なかはられいこ「……のようなもの。」『脱衣場のアリス』
いちまい、いちまい、裏返ったり、よじれたり、どこかに引っかかったりしながら身体を離れてゆく布たちには、現実の世界を生きたわたしの匂いが一日分だけ残っている。
きょう見たもの、聴いたもの、感じたもの、考えたもの、すべてをひっくるめて洗濯機が回る。
脱衣場の鏡には壊れかけのホログラフィのように、さまざまなひとの姿が明滅する。
ちょっとでも取り扱い方法をまちがえば簡単に崩れたり壊れたりしてしまう弱くてはかないものたちが、像を結びかけては、はっきりした形にならないまま消えてゆく。
フツーの日々をフツーに暮らしていると、へいきで見なかったことにしてしまえる、どうしようもない弱い者たち、はかない事たち。わたしはそれらを、もしかしたら、ずっと忘れたまま暮らしてゆくかもしれなくなることがなによりも怖い。
怖くてしかたがないから、忘れてしまわないように言葉にしておこうとしているのかもしれない。
自分の弱さをそばに置いて、いつでも取り出せるように。
世界が見せたがっている、強くて正しいものたちの物語にわたし自身が埋もれてしまわないように。
なかはられいこ「……のようなもの。」『脱衣場のアリス』
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