【短歌】交番が…(毎日新聞・毎日歌壇2016年2月16日・加藤治郎 特選)
- 2016/02/16
- 16:32
交番が無人化してる街並みをさわやかに走る 文学は不要 柳本々々
(毎日新聞・毎日歌壇2016年2月16日・加藤治郎 特選)
【加藤治郎さんから頂いた選評】交番の無人化。全てシステムが対応してくれるのだろう。結句は想像力を否定する社会を暗示している。
【カツ丼と走行】
さいきんずっとジョギングをしているんですが、街のなかを走りながら気がついたんだけれど、〈走ること〉って街の無意識と呼応することなんじゃないかなって思うんですね。それが街じゃなくてもいいんだけれど、走っているときって視覚のチャンネルが変わってきますよね。
歩く写生的速度でもない、自動車や電車の印象派的速度でもない。
ある程度は風景的意味がまとまりつつも、ある程度は風景的意味が捨象されている速度、それが〈走る〉じゃないかと思うんです。
だからふだん気がつかないはずの街の風景がみえてくる。走ることで自分の無意識の身体に気がつくよりは、街の無意識の身体に気がついていく。
文学のなかでもたくさんのひとが走るけれど、映画のなかでもたくさんのひとが〈走り〉ますよね。
さいきんタヴィアーニ兄弟の映画を観ていたんですが、そのなかでも人はさまざまなかたちを撮って走る。息子との葛藤のなかで(『父/パードレ・パドローネ』)、戦争のさなかの内乱のなかで(『サン・ロレンツォの夜』)走り、よろけ、けつまずく。そのとき、その〈場所〉をめぐる場所の記憶の無意識が露わになっているんじゃないかと思う。それまでなにもなかった場所が、脚が生えてぞんざいに投げ出したような違った風景になってくる。
走る、ってなんだろう。
今走つてゐること夕立来さうなこと 上田信治
帰りの電車にゆられながら、みかげが雄一のためにカツ丼を抱えて夜の闇のなか走ったように、わたしも誰かのために、理由もなく、ただひたすらに走っていく日がくればいいのに、と思った。 坂崎千春『片想いさん』
「カツ丼の出前にきたの」私は言った。「わかる? ひとりで食べたらずるいくらい、おいしいカツ丼だったの。」そしてリュックの中からカツ丼のパックを取り出した。 吉本ばなな『キッチン』
(毎日新聞・毎日歌壇2016年2月16日・加藤治郎 特選)
【加藤治郎さんから頂いた選評】交番の無人化。全てシステムが対応してくれるのだろう。結句は想像力を否定する社会を暗示している。
【カツ丼と走行】
さいきんずっとジョギングをしているんですが、街のなかを走りながら気がついたんだけれど、〈走ること〉って街の無意識と呼応することなんじゃないかなって思うんですね。それが街じゃなくてもいいんだけれど、走っているときって視覚のチャンネルが変わってきますよね。
歩く写生的速度でもない、自動車や電車の印象派的速度でもない。
ある程度は風景的意味がまとまりつつも、ある程度は風景的意味が捨象されている速度、それが〈走る〉じゃないかと思うんです。
だからふだん気がつかないはずの街の風景がみえてくる。走ることで自分の無意識の身体に気がつくよりは、街の無意識の身体に気がついていく。
文学のなかでもたくさんのひとが走るけれど、映画のなかでもたくさんのひとが〈走り〉ますよね。
さいきんタヴィアーニ兄弟の映画を観ていたんですが、そのなかでも人はさまざまなかたちを撮って走る。息子との葛藤のなかで(『父/パードレ・パドローネ』)、戦争のさなかの内乱のなかで(『サン・ロレンツォの夜』)走り、よろけ、けつまずく。そのとき、その〈場所〉をめぐる場所の記憶の無意識が露わになっているんじゃないかと思う。それまでなにもなかった場所が、脚が生えてぞんざいに投げ出したような違った風景になってくる。
走る、ってなんだろう。
今走つてゐること夕立来さうなこと 上田信治
帰りの電車にゆられながら、みかげが雄一のためにカツ丼を抱えて夜の闇のなか走ったように、わたしも誰かのために、理由もなく、ただひたすらに走っていく日がくればいいのに、と思った。 坂崎千春『片想いさん』
「カツ丼の出前にきたの」私は言った。「わかる? ひとりで食べたらずるいくらい、おいしいカツ丼だったの。」そしてリュックの中からカツ丼のパックを取り出した。 吉本ばなな『キッチン』
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