【ふしぎな川柳 第八十一夜】このへんでもあのへんでもよかった-田久保亜蘭-
- 2016/02/28
- 00:56
この辺に鼻をつけてもいいですか 田久保亜蘭
【ここでなくてもそこでもいい】
『おかじょうき』2016年2月号からの一句です。
このあらんさんの句って、すごく《川柳っぽい》と思うんですね。
じゃあどこが川柳っぽいのかというと、《巨大な恣意性》にあるとおもうんです。
川柳はいうなればわたしは《巨大な恣意性》だとおもう。
どういうことか。
「この辺に鼻をつけてもいいですか」と句は語っていますよね。まず「この辺に」というアバウトさがあります。それが絶対ではなく、恣意的なものです。的確なピンポイントでなく、「この辺に」なので、鼻を付ける位置は明確ではない。《だいたい》なんです。顔の中心にある鼻なので、ふつうは《だいたい》では困るわけですが、でもこの句ではまずそのような《アバウトさ》から入ってゆきます。
そしてこの句は「つけてもいいですか」で終わる。「つけましょう」や「つけたい」ではないんです。自問自答ではなく、他者へたずね、ひらいたかたちでこの句は終わっています。「いやダメだ」と言われたらたぶん語り手は鼻を「この辺」につけるのをあきらめて、「あの辺」や「その辺」につけるでしょう。それくらいの《鼻の恣意性》なのです。
ここには身体の巨大な恣意性があります。
鼻はここでなくてもそこであってもあそこであってもいい。そういう《世界の恣意性》をさぐるのが川柳というジャンルにはひとつあるのではないかとおもうのです。
だからアドレス(住所)だって恣意的でいい。きょうはここにいても、あしたはそこでもいい。とんがってるところとか。
とんがった方が私の現住所 田久保亜蘭
ヒッチコック『めまい』(1958)。ヒッチコック作品の多くのテーマが《あなたでなくても別にいい》だと思うんですね。とくにこの『めまい』は死んだと思ったはずの女性がふたたびあらわれてその女性を愛してしまう《屍姦》のようなテーマがあらわれているんですが、でもこれはある意味で、死体愛好というよりは恣意性愛好のような気がしないでもないんです。実は男が愛したかったのは誰でもよかったという。で、これは愛だけでなく、死体にも殺人者にも適応されるものではないかと思うんです、ヒッチコック作品においては。わたしが死ななくても、わたしが殺さなくてもべつによかった。それはあなたでもよかった。そういう転移がえんえんと続く風景。だからヒッチコックは精神分析的なんじゃないかとも、おもう。
【ここでなくてもそこでもいい】
『おかじょうき』2016年2月号からの一句です。
このあらんさんの句って、すごく《川柳っぽい》と思うんですね。
じゃあどこが川柳っぽいのかというと、《巨大な恣意性》にあるとおもうんです。
川柳はいうなればわたしは《巨大な恣意性》だとおもう。
どういうことか。
「この辺に鼻をつけてもいいですか」と句は語っていますよね。まず「この辺に」というアバウトさがあります。それが絶対ではなく、恣意的なものです。的確なピンポイントでなく、「この辺に」なので、鼻を付ける位置は明確ではない。《だいたい》なんです。顔の中心にある鼻なので、ふつうは《だいたい》では困るわけですが、でもこの句ではまずそのような《アバウトさ》から入ってゆきます。
そしてこの句は「つけてもいいですか」で終わる。「つけましょう」や「つけたい」ではないんです。自問自答ではなく、他者へたずね、ひらいたかたちでこの句は終わっています。「いやダメだ」と言われたらたぶん語り手は鼻を「この辺」につけるのをあきらめて、「あの辺」や「その辺」につけるでしょう。それくらいの《鼻の恣意性》なのです。
ここには身体の巨大な恣意性があります。
鼻はここでなくてもそこであってもあそこであってもいい。そういう《世界の恣意性》をさぐるのが川柳というジャンルにはひとつあるのではないかとおもうのです。
だからアドレス(住所)だって恣意的でいい。きょうはここにいても、あしたはそこでもいい。とんがってるところとか。
とんがった方が私の現住所 田久保亜蘭
ヒッチコック『めまい』(1958)。ヒッチコック作品の多くのテーマが《あなたでなくても別にいい》だと思うんですね。とくにこの『めまい』は死んだと思ったはずの女性がふたたびあらわれてその女性を愛してしまう《屍姦》のようなテーマがあらわれているんですが、でもこれはある意味で、死体愛好というよりは恣意性愛好のような気がしないでもないんです。実は男が愛したかったのは誰でもよかったという。で、これは愛だけでなく、死体にも殺人者にも適応されるものではないかと思うんです、ヒッチコック作品においては。わたしが死ななくても、わたしが殺さなくてもべつによかった。それはあなたでもよかった。そういう転移がえんえんと続く風景。だからヒッチコックは精神分析的なんじゃないかとも、おもう。
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