【短歌】あんなにも…（東京新聞・東京歌壇2016年4月3日・東直子 特選）

あんなにも大きい鞄を抱きしめて電車に乗るひと春なんだなあ　　柳本々々
　　（東京新聞・東京歌壇2016年4月3日・東直子 特選）

【ロングロング春の抱擁】
こないだすごく長いロングロング羽根枕を買って、しちにんのこびとがみんなで並んで寝られるような枕なんですが、それを持って帰るすべがなくて、抱きしめながら歩いて帰ったんですよ。

抱きしめてるな、ってのはきづいてたんですよ。いま、抱きしめながら歩いてるな、って。

で、わたしは抱きしめたまま電車に乗り込んだんですよ。そうしたら昔のともだちにたまたま電車であって、その女の子と、抱きしめた状態のまま、今なにやってるの？　とかいって、会話したんですよ。「今なにやってるの？」「結婚したの」「そう」「家計簿をつけるのがたのしいの」「それはすごい」「そのまくらは、なんなの」「すごく長い羽根枕を買ったんだよ」「どうして？」「なんとなく」「そう」「うん」

そうして、別れて、羽根枕を抱きしめながら電車を降りて、駅の改札も抜けて、春だなあとおもいながら、歩いて帰ったんですよ。そう思おう、とおもいながら。

「そら豆って」言いかけたままそのまんまさよならしたの　さよならしたの　　東直子