【短歌】これでもか…(「第99回 短歌ください(お題:キス)穂村弘 選」『ダ・ヴィンチ』2016年7月号)
- 2016/06/06
- 19:39
これでもかというハードなキスをしたあとにふつうの顔で乗る新幹線 柳本々々
(「第99回 短歌ください(お題:キス)穂村弘 選」『ダ・ヴィンチ』2016年7月号)
【穂村弘さんから頂いた選評】
「ハードなキス」と「新幹線」という組み合わせの妙。そのギャップが衝撃を生んでいる。これが他の乗り物だったら、そこまでの落差はない気がします。例えば、夜行バスとか、むしろぴったり。
【性関係は存在しない】
レイコさんが用事を作ってどこかに行ってしまうと、僕と直子はベッドの上で抱きあった。僕は彼女の首や肩や乳房にそっと口づけし、直子は前と同じように指で僕を導いてくれた。射精しおわったあとで、僕は直子を抱きながら、この二ヵ月ずっと君の指の感触のことを覚えてたんだと言った。そして君のことを考えながらマスター ベーションしてた、と。
「他の誰とも寝なかったの?」と直子が訊ねた。
「寝なかったよ」と僕は言った。
「じゃあ、これも覚えていてね」と彼女は言って体を下にずらし、僕のペニスにそっと唇をつけ、それからあたたかく包みこみ、舌をはわせた。直子のまっすぐな髪が僕の下腹に落ちかかり、彼女の唇の動きにあわせてさらさらと揺れた。そして僕は二どめの射精をした。
「覚えていられる?」とそのあとで直子が僕に訊ねた。
「もちろん、ずっとおぼえているよ」と僕は言った。僕は直子を抱き寄せ、下着の中に指を入れてヴァ ギナにあててみたが、それは乾いていた。
村上春樹『ノルウェイの森』
村上春樹の小説の性描写を読むたびにいつも不思議な感じを受けるんですが、なんでだろう、って考えたときに、〈ていねいすぎる〉からじゃないかと思ったんですね。
村上春樹の小説の主人公の「僕」って世界に対してきほんてきに〈ぼんやり〉していますよね。「やれやれ」という態度や「よくわからない」という、世界にあまり関わらない/関われない距離を取った態度をみせている。
ところがセックスのときはすごく描写がくどすぎるほどにていねいになるような気がするんですね。
ふつう、逆じゃないかとおもうんです。世界に対してていねいで、セックスのとき大味な態度だったらわかるんです。
でも、世界に対してぼんやりでセックスにはていねいな態度をみせる。
だから、これだけ性描写をていねいにできるってことは、逆に〈セックス〉ができていないってことなんじゃないかとおもうんです。逆説的なんだけれど。
思想家のラカンが、「性関係は存在しない」って言ってましたが、すべてをていねいな描写で覆おうとする村上春樹の「僕」には〈性関係は存在しない〉んじゃないかとおもうんですよ。言語があるだけで。その言語の外にでることができない。
その意味で、『ノルウェイの森』が電話ボックスから出られないことで終わってるのって象徴的なのかもしれないなって思うんです。主人公はボーイング747の飛行機のなかで回想をはじめたけれど、けっきょく大きな物語を終えたあとに、その飛行機から、電話ボックスからさえ、出ることができなかった。世界にたいしてさえ、〈性関係〉をむすぶことができなかったのではないか。
『ノルウェイの森』の終り僕は緑に電話をかけ何もかもを君と二人で最初から始めたいと話しかけるが自分がどこにいるのか分からなくなる。直子の世界から身を剥がし緑の世界へ帰ろうとししかしそのどちらでもない場所のまん中から緑を呼ぶがこのとき彼は自分と自分の生の条件を呼び続けている 竹田青嗣
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