【感想】玉川上水いつまでながれているんだよ人のからだをかってにつかって 望月裕二郎
- 2016/06/10
- 13:00
玉川上水いつまでながれているんだよ人のからだをかってにつかって 望月裕二郎
【漱石『こころ』やカフカ『城』のKはなぜKだったんだろう】
もうすぐ桜桃忌ですね。
よく望月さんのこの歌のことを考えているんですが、ふしぎな歌ですよね。〈太宰治〉とは明示されていないけれど、なんとなく〈太宰治〉のことだとわかるし、でも〈太宰治〉だけでなく〈わたしたちの身体〉ともなんとなくつながっているようにも思う。
で、どうしてそう思うんだろうって考えたときに、この歌の〈身体性〉がそう思わせるんじゃないかと思ったんです。この歌って後半にK音が加速してつまってくるんだけれど、そのK音のつっかかりに〈からだ感〉が出てくるんじゃないかと思うんですね。
早口言葉に「東京特許許可局(とうきょうとっきょきょかきょく)」ってあるけれど、これもK音がつっかかっていくおもしろさだと思うんですよ。「特許許可」と二度も許されながらもそれでも詰まっていく許されなさ。
この望月さんの歌には「いつまでながれているんだよ」という記述はあるものの、音律上「からだをかってにつかって」と詰まっていく〈ながれることができない〉身体性があるんじゃないかとおもうんです。
つまり、実は「ながれてい」ないんです。「か(K)らだ」のせいで。だけれども「いつまでながれているんだよ」と思っているひとだけはわからずにいつまでも「ながれている」。そのひとはもう死んでいるのでK音につっかかることもない。発声できず、「か(K)らだ」も失い、死んでいるからです。そしてその死んでいるひととは、〈太宰治〉です。
これは解釈の冒険だけれども、ちょっとそんなふうに思ったんですね。K音につっかかることができるのは、生きているにんげんだけだ。だから死んだ太宰治にはできないと。かれは人生のつっかかりをそのまま死に回収させてしまった。
考えてみると、『人間失格』って「しっかく」っていうふうにK音がちょっとひっかかるんですよね。そういうK音のいきぐるしさがある。そしてこの『人間失格』の最後ってこんな場面で終わってるんです。
「あのひとのお父さんが悪いのですよ」
何気なさそうに、そう言った。
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」
太宰治『人間失格』
「神様みたいないい子」っていうふうに、「神様」のK音と「いい子」のK音っていう、〈超人〉と〈凡人〉のK音にひきさかれておわるんです。
このひきさかれたK音を「大庭葉蔵」は生きていた。「阿鼻叫喚(KK)」をくぐりぬけたのちの「幸(K)福」も「不幸(K)」もないK音がゼロになったその場所で。
いまは自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます。
太宰治『人間失格』
眼鏡を掛けた太宰治
【漱石『こころ』やカフカ『城』のKはなぜKだったんだろう】
もうすぐ桜桃忌ですね。
よく望月さんのこの歌のことを考えているんですが、ふしぎな歌ですよね。〈太宰治〉とは明示されていないけれど、なんとなく〈太宰治〉のことだとわかるし、でも〈太宰治〉だけでなく〈わたしたちの身体〉ともなんとなくつながっているようにも思う。
で、どうしてそう思うんだろうって考えたときに、この歌の〈身体性〉がそう思わせるんじゃないかと思ったんです。この歌って後半にK音が加速してつまってくるんだけれど、そのK音のつっかかりに〈からだ感〉が出てくるんじゃないかと思うんですね。
早口言葉に「東京特許許可局(とうきょうとっきょきょかきょく)」ってあるけれど、これもK音がつっかかっていくおもしろさだと思うんですよ。「特許許可」と二度も許されながらもそれでも詰まっていく許されなさ。
この望月さんの歌には「いつまでながれているんだよ」という記述はあるものの、音律上「からだをかってにつかって」と詰まっていく〈ながれることができない〉身体性があるんじゃないかとおもうんです。
つまり、実は「ながれてい」ないんです。「か(K)らだ」のせいで。だけれども「いつまでながれているんだよ」と思っているひとだけはわからずにいつまでも「ながれている」。そのひとはもう死んでいるのでK音につっかかることもない。発声できず、「か(K)らだ」も失い、死んでいるからです。そしてその死んでいるひととは、〈太宰治〉です。
これは解釈の冒険だけれども、ちょっとそんなふうに思ったんですね。K音につっかかることができるのは、生きているにんげんだけだ。だから死んだ太宰治にはできないと。かれは人生のつっかかりをそのまま死に回収させてしまった。
考えてみると、『人間失格』って「しっかく」っていうふうにK音がちょっとひっかかるんですよね。そういうK音のいきぐるしさがある。そしてこの『人間失格』の最後ってこんな場面で終わってるんです。
「あのひとのお父さんが悪いのですよ」
何気なさそうに、そう言った。
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」
太宰治『人間失格』
「神様みたいないい子」っていうふうに、「神様」のK音と「いい子」のK音っていう、〈超人〉と〈凡人〉のK音にひきさかれておわるんです。
このひきさかれたK音を「大庭葉蔵」は生きていた。「阿鼻叫喚(KK)」をくぐりぬけたのちの「幸(K)福」も「不幸(K)」もないK音がゼロになったその場所で。
いまは自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます。
太宰治『人間失格』
眼鏡を掛けた太宰治
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