【感想】殖えすぎたクラゲを真水に入れるとかそういうことしか今日はしてない 飯田彩乃
- 2016/06/20
- 23:28
殖えすぎたクラゲを真水に入れるとかそういうことしか今日はしてない 飯田彩乃
【太鼓たたいて笛ふいて】
この歌っておもしろいのが「殖えすぎたクラゲを真水に入れる」というかなりコアな行為を語り手が「そういうことしか」と〈それくらいにしか〉思っていないことがおもしろいと思うんですね。
つまりそれって「一日ぶん」以上の行為じゃないですか。ふつうひとはめったに「殖えすぎたクラゲを真水に入れる」行為なんてしないんですから。でも語り手にとってはそれくらいで〈しか〉ない。
それってなんなのかというと、語り手が〈思っている以上〉に語り手の世界が豊かだということを〈短歌だけ〉が知っているってことだと思うんですよ。語り手はまだ気づいてないんです。それがゆたかだってことに。でも〈短歌〉はもう知っている。それに語り手も〈短歌〉化できた以上、生きていきさえすればいずれその〈豊かさ〉にきづく日がくる。
それがなんだかすばらしいなって思ったんです。
わたしが知らなくても、歌が知っててくれるんだということ。
捕まえたら幸せになれるらしいので秋風のしっぽ、しっぽください 飯田彩乃
井上ひさし・栗山民也『太鼓たたいて笛ふいて』(2015)。歌、だけが知っているってことがあるんですよね。みんなが知らなくても。じぶんじしんがわかってなくても。井上ひさしの舞台ってどんなにみんながばらばらでもみんなが歌うんですね。一緒になって。いっしょの方向をむいて。それって身体的な無意識としてどんなにバラバラでもおなじ時代を空間を戦争を死を生をいきなければならないことを知っているんです。だからみんなで歌う。ひとりももれることなく。太鼓たたいて笛ふいて、いきてゆくこと。
【太鼓たたいて笛ふいて】
この歌っておもしろいのが「殖えすぎたクラゲを真水に入れる」というかなりコアな行為を語り手が「そういうことしか」と〈それくらいにしか〉思っていないことがおもしろいと思うんですね。
つまりそれって「一日ぶん」以上の行為じゃないですか。ふつうひとはめったに「殖えすぎたクラゲを真水に入れる」行為なんてしないんですから。でも語り手にとってはそれくらいで〈しか〉ない。
それってなんなのかというと、語り手が〈思っている以上〉に語り手の世界が豊かだということを〈短歌だけ〉が知っているってことだと思うんですよ。語り手はまだ気づいてないんです。それがゆたかだってことに。でも〈短歌〉はもう知っている。それに語り手も〈短歌〉化できた以上、生きていきさえすればいずれその〈豊かさ〉にきづく日がくる。
それがなんだかすばらしいなって思ったんです。
わたしが知らなくても、歌が知っててくれるんだということ。
捕まえたら幸せになれるらしいので秋風のしっぽ、しっぽください 飯田彩乃
井上ひさし・栗山民也『太鼓たたいて笛ふいて』(2015)。歌、だけが知っているってことがあるんですよね。みんなが知らなくても。じぶんじしんがわかってなくても。井上ひさしの舞台ってどんなにみんながばらばらでもみんなが歌うんですね。一緒になって。いっしょの方向をむいて。それって身体的な無意識としてどんなにバラバラでもおなじ時代を空間を戦争を死を生をいきなければならないことを知っているんです。だからみんなで歌う。ひとりももれることなく。太鼓たたいて笛ふいて、いきてゆくこと。
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