【お知らせ】「亡霊としての黒田バーバー」『週刊俳句 第481号』
- 2016/07/10
- 19:45
「亡霊としての黒田バーバー」『週刊俳句 第481号』
『週刊俳句』の〔特集 BARBER KURODA〕にお声がけいただき、寄稿させていただきました。
西原天気さんが特集解題を書かれていましたが、西原さんが撮影された〈BARBER KURODA〉のお写真をもとに書いてみるというたいへん面白い企画でした。他のかたがどんなものを書かれるんだろうというのもまったくわからないというびっくり箱のような楽しい企画でした。
で、BARBER KURODA という床屋さんの話ではなく、ひっくり返して黒田バーバーという死んだにんげんの話にしようと思い立ち、書いてみました。ロラン・バルトがいっていたように写真は〈死〉を想起させるものでもあったからです。
ロラン・バルトは母の写真から「明るい部屋」を描いたけれど、わたしは BARBER KURODA の写真から「明るい黒田バーバー」を描こうとおもいました。おいおい、と声をかけてくれるような亡霊を。
少女だった母の写真を見て、私はこう思う。母はこれから死のうとしている、と。私はウィニコットの精神病者のように、《すでに起こってしまっている破局》に戦慄する。被写体がすでに死んでいなくても、写真はすべてそうした破局を示すものなのである。この種のプンクトゥムでは、つねに〈時間〉の圧縮がおこなわれている。《それはすでに死んでいる》、と、《それはこれから死ぬだろう》、とがひとつになっているのだ。
ロラン・バルト『明るい部屋』
『週刊俳句』の〔特集 BARBER KURODA〕にお声がけいただき、寄稿させていただきました。
西原天気さんが特集解題を書かれていましたが、西原さんが撮影された〈BARBER KURODA〉のお写真をもとに書いてみるというたいへん面白い企画でした。他のかたがどんなものを書かれるんだろうというのもまったくわからないというびっくり箱のような楽しい企画でした。
で、BARBER KURODA という床屋さんの話ではなく、ひっくり返して黒田バーバーという死んだにんげんの話にしようと思い立ち、書いてみました。ロラン・バルトがいっていたように写真は〈死〉を想起させるものでもあったからです。
ロラン・バルトは母の写真から「明るい部屋」を描いたけれど、わたしは BARBER KURODA の写真から「明るい黒田バーバー」を描こうとおもいました。おいおい、と声をかけてくれるような亡霊を。
少女だった母の写真を見て、私はこう思う。母はこれから死のうとしている、と。私はウィニコットの精神病者のように、《すでに起こってしまっている破局》に戦慄する。被写体がすでに死んでいなくても、写真はすべてそうした破局を示すものなのである。この種のプンクトゥムでは、つねに〈時間〉の圧縮がおこなわれている。《それはすでに死んでいる》、と、《それはこれから死ぬだろう》、とがひとつになっているのだ。
ロラン・バルト『明るい部屋』
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