【詩】「おまえはずっとなにもしてこなかったじゃないか」(新人作品・入選・廿楽順治 選/選外佳作・日和聡子 選)『現代詩手帖』2016年10月号
- 2016/09/29
- 17:50
つぎつぎと猫が傘にあたってはこぼれおちていくのに質量や重力や変化がまるで感じられなかった。私はほとんど倒れそうな姿勢で息をつめてそれをみていた。
「なんでしょう、これは」と私がていねいな口調で言うと、「ねこだろうこれは」と女はぶっきらぼうな言葉でしゃべった。よく見れば倒れそうな姿勢というよりは私はもともとそういう体つきの私であった。
女は空気のひだからこぼれてくる猫の〈ひとつ〉〈ひとつ〉を上手に傘で整理していった。「じょうずなんですね」と言うと、「おまえはずっとなにもしてこなかったじゃないか」と〈歴史〉についての言及をした。
私としてみれば、なんにもかわらない朝で、県道にはいつものように車がはしっていた。一方の私は、まだこぼれ落ちる猫に驚きを示し続けていた。私のからだからは少し臭いがするようだった。
「そんなにおまえは傘が大事か」と女が言うのがわかって、私は「え」と聞き返した。
柳本々々「おまえはずっとなにもしてこなかったじゃないか」
(新人作品・入選・廿楽順治 選/選外佳作・日和聡子 選)『現代詩手帖』2016年10月号
- 関連記事
スポンサーサイト