【詩】「円盤と生活」(廿楽順治・日和聡子 共選)『現代詩手帖』2017年1月号
- 2016/12/30
- 09:54
朝はまだ仕事の時間ではなかったからわたしはベランダにいる。いつもどおりの円盤が飛び交う空に、すてきな円盤だなあ、とおもうがそれはそのままにして黙っている。
わたしたちの生活は空からの催促をとおして行われている。
サキさんがある日土のなかに手をうずめながらわたしの名前を呼んでいた。わたしの名前とはぜんぜん違った名前だったがサキさんは真剣だった。頬を赤く染めていた。
「台所にはじめて朝がくるのね?」
もうからだがだらだらになったときはサキさんはとっぴなこと言った。
「そうなの? 台所ってずいぶん根源的で神話的な場所だったんだね」
わたしは夜になれば自転車で仕事場に向かった。だるく、切ない円盤はずっと空を飛び交っている。ときどき頭を濡れた、じっとりした布でなでられている感じがして、首をすくめる。サキさんはもうしぬんじゃないかな、と何度も考えてきたことをわたしは考えてしまう。わたしの自転車が臭いはじめる。
鹿よりもきみ眼がしんでいるよ、とわたしは上司に言われる。毛深い手がわたしの眼をしっかりとつかむ。
わたしは催促をりょうてでうける。ときどき縛られることもある。縛られたまま眼がさめて、かんたんな円盤をそのままみつめている。空は複雑だが、そこを素通りしていく円盤はどれもかんたんだ。円盤はからかうようにふえていって、それもひとつの催促だとおもう。
「たのしい?」とサキさんが言う。
「それが、生活なら」とわたしは言ったんだとおもう。
柳本々々「円盤と生活」(廿楽順治・日和聡子 共選)『現代詩手帖』2017年1月号
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