【感想】行ったきり帰ってこない猫たちのためにしずかに宗教をする 山中千瀬
- 2014/07/25
- 05:42
行ったきり帰ってこない猫たちのためにしずかに宗教をする 山中千瀬
【猫たちをする。喪失をスル。】
とてもふしぎでこわくかつせつじつにもかかわらずほわほわした感じのする歌だとおもうんですが、この歌のポイントはわたしは結句の「宗教をする」にあるとおもうんです。
この歌で大事なことは歌のなかで語り手はいなくなった猫たちのために「宗教」をしているんですが、ところがそれが「お祈り」や「呪い」といった具体的行為としての名称ではなくて、「宗教」というカテゴリーの名称に「をスル」という動詞を膠着させ、名詞を動作の対象とした語り手独自の〈動詞態〉であるため、〈なんとなくしていることはわかるんだけど・なにをしているかよくわからない〉というふしぎな動詞の空間があらわれています。これはたとえば、おなじようなカテゴリーの名称に「をスル」をつけてみるとそのふしぎさがわかってきます。たとえば「人類をする」とか「3年B組をする」とか「猫をする」とか。
本来的にカテゴリーの名称は動詞化しえないものです。それは集合的な名詞であり、それらをスルというよりは、それらをカテゴライズし、有徴化していくのが、カテゴライズする名詞の役割だからです。「宗教」はある有徴の寄せ集めにつけられたラベルであり、動作の対象ではありません。あくまでラベルなのです。ところがそのラベルが動詞化しています。
しかしそのラベルでさえも動詞化してしまうのが語り手にとっての「宗教」行為なのではなかったかとおもうのです。つまりここで宗教としておこなわれているのは、いなくなった「猫たち」というラベリングを「宗教」によって動詞化する語り手の超越的語法としての〈宗教行為〉なのではないか、とおもうのです。
〈やっていることはわかるけれども・その内実はだれにもうかがいしれない〉宗教としてのブラックボックスによって猫という名詞を動詞化し、えいえんに動態として生き続けられるようにする、この短歌の超越的語法。しかし、それだけしなければ、「猫たち」の喪失とつりあえない語法であったということが、語り手の切実な意思としてここでは発現しているのではないかと。おもうのです。
やがてみんな集まる。閉店が近くなって蛍の光が店内に流れだす。みんなでぞろぞろ店を出る。まわりはほとんど廃墟だ。あちこちで猫の声がする。足もとにいた爪ほどの大きさの子猫を拾う。しかし子猫はすぐ風に飛ばされてしまった。黄色いテープで囲まれた区画には、もうずっと戦っているという二匹の巨大猫。
山中千瀬『夢日記』
【猫たちをする。喪失をスル。】
とてもふしぎでこわくかつせつじつにもかかわらずほわほわした感じのする歌だとおもうんですが、この歌のポイントはわたしは結句の「宗教をする」にあるとおもうんです。
この歌で大事なことは歌のなかで語り手はいなくなった猫たちのために「宗教」をしているんですが、ところがそれが「お祈り」や「呪い」といった具体的行為としての名称ではなくて、「宗教」というカテゴリーの名称に「をスル」という動詞を膠着させ、名詞を動作の対象とした語り手独自の〈動詞態〉であるため、〈なんとなくしていることはわかるんだけど・なにをしているかよくわからない〉というふしぎな動詞の空間があらわれています。これはたとえば、おなじようなカテゴリーの名称に「をスル」をつけてみるとそのふしぎさがわかってきます。たとえば「人類をする」とか「3年B組をする」とか「猫をする」とか。
本来的にカテゴリーの名称は動詞化しえないものです。それは集合的な名詞であり、それらをスルというよりは、それらをカテゴライズし、有徴化していくのが、カテゴライズする名詞の役割だからです。「宗教」はある有徴の寄せ集めにつけられたラベルであり、動作の対象ではありません。あくまでラベルなのです。ところがそのラベルが動詞化しています。
しかしそのラベルでさえも動詞化してしまうのが語り手にとっての「宗教」行為なのではなかったかとおもうのです。つまりここで宗教としておこなわれているのは、いなくなった「猫たち」というラベリングを「宗教」によって動詞化する語り手の超越的語法としての〈宗教行為〉なのではないか、とおもうのです。
〈やっていることはわかるけれども・その内実はだれにもうかがいしれない〉宗教としてのブラックボックスによって猫という名詞を動詞化し、えいえんに動態として生き続けられるようにする、この短歌の超越的語法。しかし、それだけしなければ、「猫たち」の喪失とつりあえない語法であったということが、語り手の切実な意思としてここでは発現しているのではないかと。おもうのです。
やがてみんな集まる。閉店が近くなって蛍の光が店内に流れだす。みんなでぞろぞろ店を出る。まわりはほとんど廃墟だ。あちこちで猫の声がする。足もとにいた爪ほどの大きさの子猫を拾う。しかし子猫はすぐ風に飛ばされてしまった。黄色いテープで囲まれた区画には、もうずっと戦っているという二匹の巨大猫。
山中千瀬『夢日記』
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