【詩】「根」『現代詩手帖』(廿楽順治 選)2017年5月
- 2017/04/28
- 15:06
飛行機に乗っていてふっと離陸するしゅんかんのそのちからのなかでこいびとをみたことがある。こいびとはわらったりよわったりしていてすこし恥ずかしそうだった。わたしが思わず手を取るとテレビのような臭いを発した。わらっている。こいびとの奥の深いぬるぬるした場所からきいいいんという機械の音。
わたしはある日ちからの話をする。挫折の、あきらめの、よろよろの。こいびとはきょうみがないかんじでふうんという。息がもれて、またテレビの激しい臭いがする。電気の草をふみしだいたような、チャンネルを激しく変えるときの臭いだこれは。
こいびとから電話がかかってきてわたしは腹這いのままもしもしという。こいびとのからだが電話ごしに臭ってきて、すこしごそっとした声がかたまりとしてわたしにやってくる。わたしは濡れた髪をかきあげる。どうしてこんなに濡れてむっちりとしているんだろう。わたしのおしりやふとももやあたまのようすがへんだった。
「もしもし。なんにもかまわない。今のままでいい。こんなふうに離れたまま暮らしていきたい。かまわないから。お願い。これがきもちいい状態だから」 こいびとがいう。部屋がきしんで、うなっている。「なんとかしなきゃ」とわたしはいう。「すすむ必要がある。新聞をみても、むずかしい本を読んでも、歌をつくっても、日記を書いても、敬っているひとに話しをきいても、そうおもった。ぜんぶそう思ってきた。どうしてこんなことになっちゃったのか」
電話をしながら部屋は飛行機みたいに雲の臭いへつっこんでゆく。それでいいとも思えなかった。
柳本々々「根」『現代詩手帖』(廿楽順治 選)2017年5月
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