【あとがき】村上春樹『ノルウェイの森』のあとがき
- 2014/07/27
- 14:12
僕は原則的に小説にあとがきをつけることを好まないが、おそらくこの小説はそれを必要とするだろうと思う。
まず第一に、この小説は5年ほど前に僕が書いた『蛍』という短編小説が(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』に収録されている)軸になっている。
僕はこの短編をベースにして四百字詰め3百枚ぐらいのさらりとした恋愛小説を書いてみたいとずっと考えていて、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の次の長編にとりかかる前のいわば気分転換にやってみようというくらいの軽い気持ちでとりかかったのだが、結果的には九百枚に近い、あまり「軽い」とは言い難い小説になってしまった。たぶんこの小説は僕が思っていた以上に書かれることを求めていたのだろうと思う。
第二に、この小説はきわめて個人的な小説である。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が自伝的であるというのと同じ意味あいで、F.スコット・フイッツジェラルドの『夜はやさし』と『グレート・ギャツビイ』が僕にとって個人的な小説である。たぶんそれはある種のセンティメントの問題であろう。僕という人間が好まれたり好まれなかったりするように、この小説もやはり好まれたり好まれなかったりするだろうと思う。僕としてはこの作品が僕という人間の質を凌駕して存続することを希望するだけである
第三に、この小説は南ヨーロッパで書かれた。一九八六年十二月二十一日にギリシャ、ミコノス島のウイラで書きはじられ、一九八七年三月二十七日にローマ郊外のアパートメント・ホテルで完成された。日本を離れたことがこの小説にどう作用しているのかは僕には判断できない。何か作用しているような気もするし、何も作用していないような気もする。ただ電話も来客もなく仕事に熱中できたことは大変にありがたかった。この小説の前半はギリシャで途中シシリーを挟んで、後半はローマで書かれている。アテネの安ホテルの部屋にはテーブルというものがなくて、僕は毎日恐ろしくうるさいタベルナに入って、ウォークマンで「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のテープを百二十回くらい繰り返しで聴きながらこの小説を書きつつけた。そういう意味ではこの小説はレノン=マッカートニーのa little helpを受けている。
第四に、この小説は僕の死んでしまった何人かの友人と、生きつづけている何人かの友人に捧げられる。
村上春樹『ノルウェイの森』
まず第一に、この小説は5年ほど前に僕が書いた『蛍』という短編小説が(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』に収録されている)軸になっている。
僕はこの短編をベースにして四百字詰め3百枚ぐらいのさらりとした恋愛小説を書いてみたいとずっと考えていて、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の次の長編にとりかかる前のいわば気分転換にやってみようというくらいの軽い気持ちでとりかかったのだが、結果的には九百枚に近い、あまり「軽い」とは言い難い小説になってしまった。たぶんこの小説は僕が思っていた以上に書かれることを求めていたのだろうと思う。
第二に、この小説はきわめて個人的な小説である。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が自伝的であるというのと同じ意味あいで、F.スコット・フイッツジェラルドの『夜はやさし』と『グレート・ギャツビイ』が僕にとって個人的な小説である。たぶんそれはある種のセンティメントの問題であろう。僕という人間が好まれたり好まれなかったりするように、この小説もやはり好まれたり好まれなかったりするだろうと思う。僕としてはこの作品が僕という人間の質を凌駕して存続することを希望するだけである
第三に、この小説は南ヨーロッパで書かれた。一九八六年十二月二十一日にギリシャ、ミコノス島のウイラで書きはじられ、一九八七年三月二十七日にローマ郊外のアパートメント・ホテルで完成された。日本を離れたことがこの小説にどう作用しているのかは僕には判断できない。何か作用しているような気もするし、何も作用していないような気もする。ただ電話も来客もなく仕事に熱中できたことは大変にありがたかった。この小説の前半はギリシャで途中シシリーを挟んで、後半はローマで書かれている。アテネの安ホテルの部屋にはテーブルというものがなくて、僕は毎日恐ろしくうるさいタベルナに入って、ウォークマンで「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のテープを百二十回くらい繰り返しで聴きながらこの小説を書きつつけた。そういう意味ではこの小説はレノン=マッカートニーのa little helpを受けている。
第四に、この小説は僕の死んでしまった何人かの友人と、生きつづけている何人かの友人に捧げられる。
村上春樹『ノルウェイの森』
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