【あとがき】玉川重機『草子ブックガイド』のあとがき
- 2018/02/24
- 01:59
もう十年以上も前の事になりますが、私は本名の「玉川俊秀」でマンガを描いていました。そして、この度、本当に久しぶりに漫画を描かせて頂く事になったのですが、それにあたって名前を「玉川重機」に変えさせてもらいました。
玉川重機というのは、私の父が経営していた有限会社の名前でした。大きな会社の下請けをしていたこの会社は、私が高校生の頃に色々あって倒産してしまい、私はしばらく高校生ホームレスをする事になってしまうのですが、なんだかんだで私は玉川重機が好きだったんだなぁ、と歳を重ねる毎に思うようになりました。
玉川重機には、それこそまるで『三国志』に出てきそうな豪傑がいっぱいいました。ムチャクチャな人達だったけれど、みんな気持ちのいい人達でした。当時、子供だった私には見せない顔もみんなあったでしょうが、自分は大好きでした。
久方ぶりに帰省して、そういえばかつての玉川重機の人達はどうしているんだろうと聞くと、何人もが亡くなっていて、びっくりしました。あんまりにも人生を駆け抜けすぎじゃないか。
色川武大著『うらおもて人生録』に、もうこりゃ駄目だという時にふいっと、何十年も前のゴミ屋さんの顔や、口をきいた事もない運転手さんの顔が思いがけなく出てきて、あの人達の事を覚えておいてよかったと思うというような事が書かれてあったのですが、その気持ちがなんだか、わかるようになった気がしました。
私にとって、一人で倒れそうな夜に思いがけなく浮かんでくるのは玉川重機の人達の顔でした。
あの頃のみんなの汗やホコリや怒声や笑いや涙は、自分の中で大事な所にあるのだなぁ、と最近つくづく思うようになりました。もう、誰もが忘れようとしている、あの頃の事を、私はいつまでも覚えておきたいと思いました。みんなの気持ちを体の中に持ち続けていたいと思いました。
「玉川重機」という名前にはそんな思いを込めています。
玉川重機「玉川重機のこと」『草子ブックガイド』
玉川重機というのは、私の父が経営していた有限会社の名前でした。大きな会社の下請けをしていたこの会社は、私が高校生の頃に色々あって倒産してしまい、私はしばらく高校生ホームレスをする事になってしまうのですが、なんだかんだで私は玉川重機が好きだったんだなぁ、と歳を重ねる毎に思うようになりました。
玉川重機には、それこそまるで『三国志』に出てきそうな豪傑がいっぱいいました。ムチャクチャな人達だったけれど、みんな気持ちのいい人達でした。当時、子供だった私には見せない顔もみんなあったでしょうが、自分は大好きでした。
久方ぶりに帰省して、そういえばかつての玉川重機の人達はどうしているんだろうと聞くと、何人もが亡くなっていて、びっくりしました。あんまりにも人生を駆け抜けすぎじゃないか。
色川武大著『うらおもて人生録』に、もうこりゃ駄目だという時にふいっと、何十年も前のゴミ屋さんの顔や、口をきいた事もない運転手さんの顔が思いがけなく出てきて、あの人達の事を覚えておいてよかったと思うというような事が書かれてあったのですが、その気持ちがなんだか、わかるようになった気がしました。
私にとって、一人で倒れそうな夜に思いがけなく浮かんでくるのは玉川重機の人達の顔でした。
あの頃のみんなの汗やホコリや怒声や笑いや涙は、自分の中で大事な所にあるのだなぁ、と最近つくづく思うようになりました。もう、誰もが忘れようとしている、あの頃の事を、私はいつまでも覚えておきたいと思いました。みんなの気持ちを体の中に持ち続けていたいと思いました。
「玉川重機」という名前にはそんな思いを込めています。
玉川重機「玉川重機のこと」『草子ブックガイド』
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