【詩】「あかるいふくろ」『現代詩手帖』2018年8月号、松下育男・須永紀子 選
- 2018/07/31
- 12:52
音のしない目黒通りのしずかな家具店が並ぶ路をわたしはころげるようにあるいていた
バス停では、三月だったので、マスクをして、ならんでいる、モスバーガーのふくろや東急ストアのふくろをさげて、あかるいふくろを手でもって、こなをふりはらう、
「八雲のあたりで降りれば自由が丘まであるいていけるんじゃないかな、みてよこれ、あしがすごいことになってる」「ねえ、まどのそとをみて、あのひと、こわいすごい、さゆうにゆれてる」「バスのせいだよ、バスがそうしてる、ただしいんだよ、そのときそのときのことが」
わたしがずっと気にかけていたのはマスクやバスのことで、あのときわたしは祐天寺のマクドナルドで、トレイをもって階段であしを払うようにして、
「そのときだったんだよ、ぼくはマクドナルドのトレイをもったまま、左右に」「え、でも、だいじょうぶよ」
かけがえのないソファーってどこかにあるとおもう? ソファー、しってる? 何年もたつとひとはくりかえしおなじしせいでおなじばしょにすわるからそこだけへこんで、もうどうにもならない、どうにもならないの、どうしたら、
きいたのは、あなたで
「えっ、なんだって、よくきこえない」とわたしは受話器にいたいほど耳をおしつけた、あのね、歯、
「歯列矯正しはじめたからじゃないか、あなたのこえがおそろしいほどきこえないんだ、あの」
わたしはベッドのなかでじぶんの声をきいた、舌で歯をさわるかんじ、じぶんの歯を舌でさわる、はじめて他人の歯を、まえばをしたでさわった、舌と舌の圧、ソファーを買った日、おそろしいかいものをしたのにすぐにはこないので部屋に空間をあけてまっていなければいけなかったあの、こんなところまできて、ソファーがふくろにはいってきて、くる
こわかったよ、とても、かいだんをかけおりてね、それから駅のロータリーみたいなところで、おんなのひととおとこのひとが抱き合いながらさけんでたんだ、ランドにいけなくなったって、かれしがね、かれしっていってたな、それにランドだって、ほんとそんなかんじだったんだ、まるまるね、よくわからなかったなあ、ぼくは、いまもバスにのってるときあしがすごいことになって、みてよ
またわたしはころびそうになる、ふとったとぼしいからだのせいで、わたしは、
「いまここじゃなくて、ううん、ぼくがね、どれだけ特別な時間のなかにいてもそれをまったくしらないふうにしてもういちど聞くことってできる? 座るみたいに、いやなんか、ほろびたとかそういう、いや待って、ことばが、」
「おまえのことを話せよ」
「俺? 俺のこと?」
しんだろ、なんかいか
わたしのとなりで、かたい床で、もうあなたはねむりはじめていて、胸が横にながれたまま、どんどん、待ってくれよとかすれた声でわたしはいう、おう、とあなたが大きな声でいう、電話のようなしわがれた声で、おんなのこえで、いう
柳本々々「あかるいふくろ」『現代詩手帖』2018年8月号、松下育男・須永紀子 選
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