【詩】「猫が理由」『現代詩手帖』2018年11月号、松下育男・須永紀子 共選
- 2018/10/30
- 18:52
部屋の暗がりを散らかすようにしてもう死んだはずの猫が宙に浮きながらとっても元気に旋回していたのをあのとき僕もいっしょに見たんだ。だから僕も今泣いてもいいはずなのに僕は泣きじゃくるかの女を黙ってみていた。眼を眼で隠しながら。
あのとき僕はむちゃくちゃに回る猫をみながらかの女の肩をずっと抱いていた。そのときじぶんの指のちりちり生えた指毛をみていた。俺の指毛こんなだったっけなあというかんじで。
かの女がごそごそすると果実を焼いたような臭いがした。「もう死んでんだ。ぜんぶやめなよ」と僕は言った。「それに」
「このまま黄色い点滅になっていくらしいよ」
猫は回り続ける。「もうこんなになっては自分のちからではどうしようもないんだよ」「うん、知ってた、うん」「今、知った?」
死んだ猫がうおおと声をあげる。生きていたときの声に似ているし、と僕は思った。
僕は春にかの女に隠れて揚げまんじゅうを食べていた。揚げまんじゅうは春になると桜の味がした。花を食べてるようなきもちだった。僕は春から次第にふとりはじめていた。
「あなたなんだか不思議な太りかたしてるわよ」
黙ってた。猫は鞄と僕を交互にみていた。うおお。
「もうそうなってしまってはね」「うん」「おしまいなんだよ」「はい」
「猫よ、猫よ」と僕は呼びつづけたが、どうしても名前が思い出せなかった。かの女にあてつけるように僕は叫びつづけた。かの女はもう猫なんかにとらわれず、眼で眼を吸い上げるように、じっと声をしぼりあげる僕をみている。
柳本々々「猫が理由」『現代詩手帖』2018年11月号、松下育男・須永紀子 共選
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