【詩】「台湾の塵」『現代詩手帖』2019年2月号、松下育男・須永紀子 共選
- 2019/01/29
- 17:41
「引っ越したときに周囲の木や石や川があたらしくかんじられてしまうこととかなかった?」「ひっこすの?」「えっ、うん、ううん、もうすこししたらたぶんそうなる、でもまだ部屋のことかんがえたい、」「そう
掛け時計を買ったの、ねえ、ガラスの内側のここ、塵がある、はりついてるの、内側だから、ぜったいとどかなくて、拭いても、ふれられないの、」
「揺らせば落ちるよ、」かのじょはたてよこにしずかに、ちがう、
「ほらこんなふうに、最後の船みたいに、こころがあんまり働いてないのかね、」「とれないね、
この時計にむかっていろんなとこから風おくろうよ、「ううん、意味ない」意味ないよそれぜんぜん、塵には、私たちがつくる風なんて、
それをガラスのうえからあてて、それで落とすの」おしあてるの?
かのじょはすごくちいさな電動歯ブラシをもってきてガラスにおしあてる。ヴッヴッヴー、ヴヴッ、ヴッヴッヴッー、ヴィーッ、と不規則で小刻みな運動が、
あのさ、ううん、そういえば言ってた、ともだちが、防護服着ててもね、はいっちゃうんだって、
(それは入るんだよ)
防護服って完璧なんでしょ? だって、なんだっけ、放射線とか、入っちゃいけないんでしょ。でもはいるんだって。とじても。意識できない。穴が」
私は「それさ」と言ったままわからなくなる。時計をトイレの壁に飾る。台湾製の黄色い時計。兵庫の貿易会社が扱っていた。密に梱包されていねいに届いた。目黒の。秋の日に四階の高さまでちゃんとやってきて、
「気にならないよ、ぜんぜん」
建物の中を水が流れる音がした。私はすごく木や石や川から離れたところにいる気がしてくる。誰ともそのことを話し合えない。水が流れるたびに管の内側がこまかく削られてゆく。意識できない。このまっ黄色の縁がいいよね、と私は言った。塵が見えた。ぜんぶ新しくなるよこれから。見えた塵を見ながら言う。
柳本々々「台湾の塵」『現代詩手帖』2019年2月号、松下育男・須永紀子 共選
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