【詩】「おはよう」現代詩手帖2019年3月号 松下育男・須永紀子共選
- 2019/03/01
- 17:27
なんか、ぼくはずっと年末、部屋にあった箱をすてていて、箱をすてるたびに部屋はひろくなっていく、巨大なひかるテレビが目立つようになって、あの子と映画を観る約束をしていて、約束をしたのにそれをわざわざやぶって、ずっとそれから今も生きてて、
テレビのまえでねむそうにしている、そのぼくが、テレビからの声で、
「このシーツの幽霊、一体だけなのかと思ったら、二体いたんだね」「ベッドで抱き合うシーンもいようにながいんだよなあ」
高校のころに隣の席の女の子とコミュニケーションを取っていたらすごく怒られたことがあった、髪をひっぱられて、ちかづきそうな顔で、
「やあって、窓から、よさそうな映画よね、いっしょに観たい、テレビで」 箱のような口でかのじょはぼくにちかづく。「やぎもとくんに説明したいよ」
かのじょはもうしんでるのに、「説明させて。よくできてるというか、すっぽりからだがおおわれてて、直接触れるとかできないので、部屋にいて、部屋にいてね」 テレビのひかりが
クリスマス、掃除のおわった、なにもない部屋でべつの女の子と話し合ってる、服を着て、切った髪で、まだなにもたべていないからだで、しななかったからだで、ふれず
「あの年のこと覚えてる?」「部屋にいてテレビをみてたんだけどね。こわかった。ビニールみたいなひかりがとんでいて」
「あれから何年たった? わかる?」「テレビをつければ」「テレビのひかりはこわくないの?」
次の日になると、「なんで?」
「おはよう」
ぼくはまた説明してくれた女の子のことを思い出している、箱はぜんぶすてた、しんやに、紐でしばりつけて、ぜんぶがしなないように、とばないように、厚いウールのコートにぜんしんをくるみこんだら、
「えっと、はじめねむいっておもってたけど、やっぱみてよかったよ」 ひかったあとの顔が来て。
柳本々々「おはよう」『現代詩手帖』2019年3月号
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