【感想】マクドナルドで馬鹿騒ぎするヤングらにチェーンソーの絵を渡して去りぬ 笹公人
- 2014/11/09
- 08:01
マクドナルドで馬鹿騒ぎするヤングらにチェーンソーの絵を渡して去りぬ 笹公人
【短歌の金曜日】
声に出して読むとすごくガタガタしていて、この短歌自体が〈チェーンソー〉のような短歌です。
「マクドナルドで」と「マクドナルド」を「マクドナルド」ときちんと発話し・終えるというところにこの短歌の最初のこわさがあると思います。
どんなに摩擦が起き、定型からぶれ、がたがたしていても、それでも遂行しようとするちからです。
「馬鹿騒ぎするヤングら」という視線も大事ではないかとおもいます。
ここで「ヤング」と規定したときに、この語り手は〈非ヤング〉として自らを自己規定していることになります。
「馬鹿騒ぎ」というのもひとつのラベリングです。
「マクドナルドで」と、初句では〈正しい〉発話をしている語り手が、2句目からあえていえば〈雑〉なラベリングで「馬鹿騒ぎをするヤングら」と発話のレベルを変えてしまう。そうしたことばのレベルのガタガタ加減もあるとおもいます。
「チェーンソーの絵」もこわいです。ホラー映画『13日の金曜日』のジェイソンを思い浮かべますが、よくいわれていることですが、ジェイソンはチェーンソーを使ったことがなく、ジェイソンのパロディがチェーンソーを使っていることが多い。
しかしここではジェイソンを連想します。なぜなら夏のログハウスでセックスに明け暮れる若者たち(性的タブーを犯す倫理的侵犯者)を処罰するのが物語としてのホラーの主題でありジェイソンの役目だからです。
ですからここでは「馬鹿騒ぎするヤングら」と「チェーンソーの絵」の組み合わせでジェイソンを想起するようにはなっている。なってはいるものの、そのジェイソンがパロディである、ジェイソンのシミュラークル(模造)でしかないこともポイントです。
そもそもが笹公人の短歌の世界観が、そうしたサブカルチャーの偶有性、サブカルチャーのありえた可能性としてのシミュラークルで構成される〈叙情〉が多いからです。
実質的な叙情ではないですが、しかし虚構の連鎖の叙情として、ハイパーリアルな叙情がでてくる(ディズニーランドのアトラクションに流れる蚊がたからないマジックウォーターのように)。
細かい恐怖としては、「チェーンソーの絵」を語り手は「チェーンソー」だとわかるくらいには細かく描いているんだと思うんですが、渡すためにそれだけの時間を費やしているその〈時間〉もこわいです。
ここでは「ヤングら」の時間の流れと「チェーンソーの絵」を描いていた語り手の時間もガタガタしています。
こうした形態・内実両面から(チェーンソーのように)ガタガタさせていくところがこの短歌のこわいところなのではないかとおもいます。
悪霊に憑かれしファービー甘え声でオレゴン州立刑務所を語る 笹公人
【短歌の金曜日】
声に出して読むとすごくガタガタしていて、この短歌自体が〈チェーンソー〉のような短歌です。
「マクドナルドで」と「マクドナルド」を「マクドナルド」ときちんと発話し・終えるというところにこの短歌の最初のこわさがあると思います。
どんなに摩擦が起き、定型からぶれ、がたがたしていても、それでも遂行しようとするちからです。
「馬鹿騒ぎするヤングら」という視線も大事ではないかとおもいます。
ここで「ヤング」と規定したときに、この語り手は〈非ヤング〉として自らを自己規定していることになります。
「馬鹿騒ぎ」というのもひとつのラベリングです。
「マクドナルドで」と、初句では〈正しい〉発話をしている語り手が、2句目からあえていえば〈雑〉なラベリングで「馬鹿騒ぎをするヤングら」と発話のレベルを変えてしまう。そうしたことばのレベルのガタガタ加減もあるとおもいます。
「チェーンソーの絵」もこわいです。ホラー映画『13日の金曜日』のジェイソンを思い浮かべますが、よくいわれていることですが、ジェイソンはチェーンソーを使ったことがなく、ジェイソンのパロディがチェーンソーを使っていることが多い。
しかしここではジェイソンを連想します。なぜなら夏のログハウスでセックスに明け暮れる若者たち(性的タブーを犯す倫理的侵犯者)を処罰するのが物語としてのホラーの主題でありジェイソンの役目だからです。
ですからここでは「馬鹿騒ぎするヤングら」と「チェーンソーの絵」の組み合わせでジェイソンを想起するようにはなっている。なってはいるものの、そのジェイソンがパロディである、ジェイソンのシミュラークル(模造)でしかないこともポイントです。
そもそもが笹公人の短歌の世界観が、そうしたサブカルチャーの偶有性、サブカルチャーのありえた可能性としてのシミュラークルで構成される〈叙情〉が多いからです。
実質的な叙情ではないですが、しかし虚構の連鎖の叙情として、ハイパーリアルな叙情がでてくる(ディズニーランドのアトラクションに流れる蚊がたからないマジックウォーターのように)。
細かい恐怖としては、「チェーンソーの絵」を語り手は「チェーンソー」だとわかるくらいには細かく描いているんだと思うんですが、渡すためにそれだけの時間を費やしているその〈時間〉もこわいです。
ここでは「ヤングら」の時間の流れと「チェーンソーの絵」を描いていた語り手の時間もガタガタしています。
こうした形態・内実両面から(チェーンソーのように)ガタガタさせていくところがこの短歌のこわいところなのではないかとおもいます。
悪霊に憑かれしファービー甘え声でオレゴン州立刑務所を語る 笹公人
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