【感想】ええいああ問題再考と、きゃりーぱみゅぱみゅの王国(上坂すみれ含む)
- 2014/11/29
- 12:00
ええいああ 君から「もらい泣き」
ほろり・ほろり ふたりぼっち
ええいああ 僕にも「もらい泣き」
やさしい・の・は 誰です
一青窈「もらい泣き」
【一青窈と母音の帝国】
ゆっくり考えてみたいテーマですが、一青窈さんのこの「ええいああ」は、もしかすると以前、感想文を書いた、
いおうええあえいああいと舌の無い口に背中を押されて帰路は 田中ましろ
解答欄ずっとおんなじ文字並び不安だアイアイオエエエエエエ 工藤吉生
にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった 加藤治郎
と、なんらかのかかわり合いがあるかもしれない。
一青窈の「もらい泣き」の「ええいああ」の歌詞とうえの母音短歌にあえて共通点を、みいだせば、どれもこの母音の連なりにはなにかしらの《苦悶》がみいだせるということです。
なぜ、母音は苦しいのか。
いろいろかんがえられますが、わたしはひとつに、意味が分節されえないことにあるとおもいます。
母音の連なりはコード化されていないのでそれぞれが独自の立場から発声・発音・分節するしかない、非コード化しゆくことばが母音の苦悶ではないかと。
この母音の苦しみ(母音の帝国)から解放された快楽原則にもとづく子音の王国が、《きゃりーぱみゅぱみゅ》なのではないかとおもうのです。
そして実はこのきゃりーぱみゅぱみゅ的な子音の王国にあるのが、荻原裕幸さんの一連の「ぽぽぽぽ」短歌なのではないかとおもいます。
ぽぽぽぽぽぽと生きぽぽと人が死ぬ街がだんだんポポポポニアに 荻原裕幸
ぽでできた街ゆゑここにミサイルは降らないそれに幸福もない 〃
睡眠のふかき淵までぽはおよびぽるくどるるく時を告げをり 〃
ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽと生活すポポポポニアの王侯われは 〃
《ぽ》とはもうかなり長いつきあひになる。《ぽ》は少年の頃からそばにゐて、気分が暗くなれば《ぽぽ》、失恋したときも《ぽぽぽ》、また、風邪をひいて寝込んだときには朝から晩まで《ぽぽぽぽ》といふ具合に、鬱然たる感情をやはらげてくれるのだつた。いつからか《ぽ》は、ぼくにとつてかけがへのない存在となつたが、ときどき氾濫してはぼくを困らせる。《ぽ》が氾濫すると、ぼくの「自我」は、大音響とともに崩壊するしかなくなるのだ……
荻原裕幸「ポポポポニアに御用心」『デジタル・ビスケット』
ちなみにこうした子音の王国には、きゃりーぱみゅぱみゅだけでなく、きゃりーぱみゅぱみゅの子音的快楽をひきつぐ上坂すみれもいる。
タイヘンだ タイヘンだ
もう一回言うぞタイヘンだ
斬新な遭遇は法螺吹き話でおしまい?
タイヘンだ タイヘンだ
人間はみんなタイヘンだ
超常な発見が無駄口話のなれあい?
ケンゼンだ ケンゼンだ
興奮はきっとケンゼンだ
大胆に早急に近づきたいからおいで!
ケンゼンだ ケンゼンだ
魚界はだいぶケンゼンだ
上等な情熱で運命戦なのかもしれない?
上坂すみれ『七つの海よりキミの海』
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