【感想】脇役のようにたたずむ 地下鉄のホームの隅で咳をしながら 工藤吉生
- 2014/12/04
- 12:00
脇役のようにたたずむ 地下鉄のホームの隅で咳をしながら 工藤吉生
【〈わたし〉にWi-Fiはない】
ひとめみた瞬間からずっと気になってる歌で、でも、自分でそれがなんなのかことばにすることはできなくて、それでも地下鉄をつかうたびに思い出していた歌です。
で、補助線をひいてみると自分でそれがわかってくるかなと思い、寺山修司の未発表歌集『月蝕書簡』からこんな歌を引いてみます。
階段の下の暗闇ひっそりと花粉喘息うずくまりおり 寺山修司
ここにもうひとつ補助線として松田優作の「なんじゃこりゃあ」といいながら、助けてやったチンピラにとつぜん撃たれ、なんの意味もない〈無駄死に〉を孤独にとげて殉職してゆく『太陽にほえろ』の有名なシーンも引いてみます。
このみっつからわかるものは、なにか。
それは〈病んでいる身体〉あるいは〈死ぬ身体〉を、どのような社会的接合地点も見いだせずに、個的に抱えていかなければならない、ということではないかとおもうんです。
だから松田優作の「なんじゃこりゃあ」はいろんな不可解さや不条理さをはらんでいることばですが、この「なんじゃこりゃあ」の大事な点はじぶんの〈死〉がどこにもアクセスできない、接続してゆかない点です。
それは、ドラマがならいからこそドラマになるような、そういう場所です。
うえの工藤さんの歌における「咳」も、寺山修司の歌における「花粉喘息」もどこにもアクセスしえない、みずからが抱えるしかない非接続的な〈なんじゃこりゃあ〉として、ある。
身体は、咳に、花粉喘息に、出血において、みずからはみずからに〈接続過剰〉なのに、その〈接続過剰〉がどこにも接続していかない。
それが「地下鉄のホームの隅」という場所、「階段の下の暗闇」という場所、松田優作が「なんじゃこりゃあ」といいながら死んでゆく場所なのではないかとおもうのです。
そしてそうしたみずからがみずからに対して接続過剰なのに、にもかかわらず、そのみずからの接続を、どこかほかの場所へとアクセスしえない点においてこそ、語る身体の〈孤独〉があるのではないかとおもうのです。語ること、ことばを使用すること、発話すること、うたうこそのものがときに〈わたし〉への接続過剰をひきおこすウィルス源そのものになるから。
語ることは、そうした〈わたし〉から〈わたし〉への接続過剰をひきおこします。
だから〈ことば〉というウィルスをとおした「工藤さん」が、
「工藤さん」で検索すればオレじゃない工藤さん達慕われている 工藤吉生
【〈わたし〉にWi-Fiはない】
ひとめみた瞬間からずっと気になってる歌で、でも、自分でそれがなんなのかことばにすることはできなくて、それでも地下鉄をつかうたびに思い出していた歌です。
で、補助線をひいてみると自分でそれがわかってくるかなと思い、寺山修司の未発表歌集『月蝕書簡』からこんな歌を引いてみます。
階段の下の暗闇ひっそりと花粉喘息うずくまりおり 寺山修司
ここにもうひとつ補助線として松田優作の「なんじゃこりゃあ」といいながら、助けてやったチンピラにとつぜん撃たれ、なんの意味もない〈無駄死に〉を孤独にとげて殉職してゆく『太陽にほえろ』の有名なシーンも引いてみます。
このみっつからわかるものは、なにか。
それは〈病んでいる身体〉あるいは〈死ぬ身体〉を、どのような社会的接合地点も見いだせずに、個的に抱えていかなければならない、ということではないかとおもうんです。
だから松田優作の「なんじゃこりゃあ」はいろんな不可解さや不条理さをはらんでいることばですが、この「なんじゃこりゃあ」の大事な点はじぶんの〈死〉がどこにもアクセスできない、接続してゆかない点です。
それは、ドラマがならいからこそドラマになるような、そういう場所です。
うえの工藤さんの歌における「咳」も、寺山修司の歌における「花粉喘息」もどこにもアクセスしえない、みずからが抱えるしかない非接続的な〈なんじゃこりゃあ〉として、ある。
身体は、咳に、花粉喘息に、出血において、みずからはみずからに〈接続過剰〉なのに、その〈接続過剰〉がどこにも接続していかない。
それが「地下鉄のホームの隅」という場所、「階段の下の暗闇」という場所、松田優作が「なんじゃこりゃあ」といいながら死んでゆく場所なのではないかとおもうのです。
そしてそうしたみずからがみずからに対して接続過剰なのに、にもかかわらず、そのみずからの接続を、どこかほかの場所へとアクセスしえない点においてこそ、語る身体の〈孤独〉があるのではないかとおもうのです。語ること、ことばを使用すること、発話すること、うたうこそのものがときに〈わたし〉への接続過剰をひきおこすウィルス源そのものになるから。
語ることは、そうした〈わたし〉から〈わたし〉への接続過剰をひきおこします。
だから〈ことば〉というウィルスをとおした「工藤さん」が、
「工藤さん」で検索すればオレじゃない工藤さん達慕われている 工藤吉生
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