久々のあとがき

こないだ、柳本久々さんですよね、といわれて、はい、そうです、と言って、返事をした。
わたしはそのとき、なんだか、むかしから、わたしが、やぎもとひさびさ、だったようなきがしたのである。
世間話のように天気の話をしていたのだが、だんだんと話が濃密になっていて、「チベット高気圧」ということばがとびだしたので、そのときわたしは、これ世間話じゃないな、ときがついたのだった。
このひとはいま本気でわたしに天気の話をしているんだ、と。
わたしが詳しい話といえば、カクレクマノミの飼育の仕方しかしらず、しかもカクレクマノミについてもそんなに詳しいとはいえない。もしかしたら、それは、わたしがずっとつちかってきた幻想かもしれない。
そんなことをかんがえているうちに、あの、びささん、と呼んでもいいですか、といわれて、わたしは、いっしゅんためらったのち、いやそれはちょっと、といって、とたんに後悔をし、やっぱり、びさでいいです、とじぶんから名乗ったのだった。

その日、わたしは一日中、ひさびさ、という名前でありつづけ、森林を形成するくらいにおびただしいカクレクマノミのあいだを縫うように、ひっそりと、かつ、俊敏に生き続けたが、つぎの日は、ぐっすりねむっていたせいか遅刻をし、その遅刻のなかで、五年前くらいに片思いだったひととすれちがったが、気が付かなかったくらいにとろんとしていたのである。

五分たって、わたしは、いったのだ。
あ、あれは片思いをしたひとだった、と。

いくにんかが、わたしを、ふりかえる。