【こわい川柳 第十五話】吊るされた干鱈がヤアと手を挙げる 角田古錐
- 2015/06/08
- 18:30
吊るされた干鱈がヤアと手を挙げる 角田古錐
【あたりいちめん、Yah, Yah, Yah】
角田さんの句集『北の変奏曲』からの一句です。
わたし、川柳が〈こわい〉なとおもうひとつの理由に、〈いのちのわけへだてがない〉ってことがあるとおもうんですよ。
やや乱暴にいってしまえば、川柳の世界では〈死ぬ〉ってことがないんです。
いや〈死〉はあるんだけれども、〈死んでも〉「ヤアと手を挙げる」ことができるくらいには〈元気〉なんです。
これはちょっとびっくりすることだと、おもいます。怖いし、強(こわ)いことです。
「干鱈」ですから、手を挙げる〈機構〉も奪われているはずなんですよ。干されちゃってるわけですから。それに〈魚〉ですから「手」もないわけですね。ひれ、だけで。
ところが川柳では、〈干されて〉いても、〈手〉がなくても、「ヤアと手を挙げる」ことができる。人語も話せるんです。
しかも「ヤア」ですから、わりと〈干鱈〉は〈わたし〉に対して、〈親しい〉とおもっているようなんですよ。
まずいですよね。だんだん、こわく、なくなって、きました。
これは〈だれ〉が悪いのかといえば、
例えばとわたくしを指す裁判長 角田古錐
【あたりいちめん、Yah, Yah, Yah】
角田さんの句集『北の変奏曲』からの一句です。
わたし、川柳が〈こわい〉なとおもうひとつの理由に、〈いのちのわけへだてがない〉ってことがあるとおもうんですよ。
やや乱暴にいってしまえば、川柳の世界では〈死ぬ〉ってことがないんです。
いや〈死〉はあるんだけれども、〈死んでも〉「ヤアと手を挙げる」ことができるくらいには〈元気〉なんです。
これはちょっとびっくりすることだと、おもいます。怖いし、強(こわ)いことです。
「干鱈」ですから、手を挙げる〈機構〉も奪われているはずなんですよ。干されちゃってるわけですから。それに〈魚〉ですから「手」もないわけですね。ひれ、だけで。
ところが川柳では、〈干されて〉いても、〈手〉がなくても、「ヤアと手を挙げる」ことができる。人語も話せるんです。
しかも「ヤア」ですから、わりと〈干鱈〉は〈わたし〉に対して、〈親しい〉とおもっているようなんですよ。
まずいですよね。だんだん、こわく、なくなって、きました。
これは〈だれ〉が悪いのかといえば、
例えばとわたくしを指す裁判長 角田古錐
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