【感想】ろんろんと言葉が湧いてくるようにあなたを好きになったのだろう 永田紅
- 2015/06/23
- 12:15
ネロ
もうじき又 夏がやってくる
お前の舌
お前の目
お前の昼寝姿が
今はっきりと僕の前によみがえる
お前はたった二回ほど夏を知っただけだった
僕はもう18回の夏を知っている
そして今僕は自分のや 又自分のでないいろいろな夏を思い出している
メゾンラフィットの夏
淀の夏
ウィリアムズバーグの夏
オランの夏そして僕は考える
人間はいったいもう何回くらいの夏を知っているのだろうと
ネロ
もうじきまた夏がやってくる
しかしそれはお前のいた夏ではない
また別の夏全く別の夏なのだ
新しい夏がやってくるそして新しいいろいろのことを僕は知っていく
美しいこと みにくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと
僕をかなしくするようなこと
そして僕は質問する
いったい何だろう
いったい何故だろう
いったいどうするべきなのだろう
ネロお前は死んだ
誰にも知られないようにひとりで遠くへ行って
お前の声
お前の感触
お前の気持ちまでもが
今はっきりと僕の前によみがえる
しかしネロ
もうじき又 夏がやってくる
新しい無限に広い夏がやってくる
そして
僕はやっぱり歩いてゆくだろう
新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ
春を向かえ さらに新しい夏を期待してすべて新しいことを知るために
そして
すべての僕の質問に自ら答えるために
谷川俊太郎「ネロ」
ろんろんと言葉が湧いてくるようにあなたを好きになったのだろう 永田紅
【きみにであってそれからはろんろんの日々】
『歌壇』1997年2月号の第八回歌壇賞受賞作「風の昼」からの一首です。
タイトルの「風の昼」にもあらわれているように、思いがけないところにみつけてしまった場所や時間がこの連作の通奏低音にもなっているとおもうんですね。
君を知るひとりとなりて眠る日々メゾンラフィットは何処にありや 永田紅
メゾンラフィットは『チボー家の人々』に出てくる地名ですが、日本の文化のなかでも、谷川俊太郎の有名な詩「ネロ」でメゾンラフィットがでてきたり、高野文子の『チボー家の人々』を読む女の子のマンガでも出てくるので、記号として意味が濃厚になっています。
でも、谷川さんのメゾンラフィットも高野さんのメゾンラフィットも永田さんのメゾンラフィットも共通しているのは、おそらく〈たどりつけない場所〉です(これは『チボー家の人々』でもジャックの恋の場所として、しかしジャックは死ぬのでかえれない場所としてあらわれています)。
君を知ってしまったことで語り手はある場所を手にはいれているのだけれども、そのことでかえって〈ぜったいにたどりつけないメゾンラフィット〉を知ってしまった。
これをあえてことばでいいあわらすなら、いいあらわしえないかたちでいいあらわす「ろんろん」しかないとおもうんですね。
ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて 永田紅
ここにも〈近さとしての遠さ〉の発見があります。さっきの歌も君を知ってしまったことで場所を喪失してしまう歌ですが、ここでも「下敷き」というある意味では、このうえなく〈接近=接続〉させている形態が、決定的な〈遠さ〉をつくってしまう。
そしてこの〈遠さ〉はやはり「ろんろん」です。「ろんろん」したもの。
内部にあるはずの「胃」もそうです。
「胃の中は体の外ね」昼の月見上げる人と駅まで歩く 永田紅
わたしのなかにみつけてしまう〈遠さ〉。しかしそれは組み込まれた内臓機関なのではずせはしないのだけれど〈知ってしまった〉からもう〈遠さ〉ができてしまう。
しずもりていつもひとことたらざれば私は他人にたどりつけない 永田紅
どこに行けば君に会えるということがない風の昼橋が眩しい 〃
〈わたし〉は他人にもなれないし、どこに行けば君が会えるのかその場所もわからない。〈わたし〉にはジャックがいつでもおいでよといってくれるようなメゾンラフィットの〈その場所〉がわからない。あなたにであってしまったがために。
家出をしたあなたがマルセイユの街を泣きそうになりながら歩いていたとき、わたしがそのすぐ後を歩いていたのを知っていましたか?
スイスで再会したときはわたしは何と声をかけて良いのやらわからなかった。だってあなたは百ページ近くも行方知れずでやっと姿を現わしたと思ったらわたしより三歳も年上になっていたんですもの。
いつもいっしょでした。たいがいは夜、読んでないときでさえ
高野文子『黄色い本』
近さは一個の状態、静止ではなく、まさに平穏の不在、安息の地の外なる非場所であって、それゆえ近さは、遍在することなく一つの場所に休らう存在の平安をかき乱し、抱擁におけるがごとく限りなく近づいてゆくのだ。
「限りなく近づくもの」としての近さは構造として凝固することがない。
レヴィナス『存在の彼方へ』
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