この国ではひざにねむりこんで書くあとがき
- 2015/08/23
- 21:23
安福望さんに猫と膝をめぐる短歌を絵にしていただきました。ありがとうございました!
やすふくさんの絵は、こちらです。
やすふくさんの絵は短歌をそのまま〈解釈〉していないところがすてきだなとおもうんですね。
だから「短歌の絵」ではなく「短歌と絵」になっているとおもうんです。
やすふくさんが描かれる短歌はゆめやねむりをめぐる短歌がおおかったりもしますが、ゆめやねむりは、それそのものが解釈として限定できないものがおおい。たとえばねむっているときにひとはみずからの理性や言葉やイメージをコントロールできないわけです。どこにも絶対的な審級がない。だからひとがねむったりゆめみたりする行為って、「私のことば」「私のイメージ」「私のわたし」じゃなくて、「私とことば」「私とイメージ」「私とわたし」というふうに、わたしがそれまでとはちがったかたちで〈ひらかれていく〉ということだとおもうんですよね。
だからやすふくさんの絵っていうのはその「私とわたし」に近いんじゃないかなっておもうんです。
解釈として、それをそのまま「短歌の絵」として描くのではなく、「短歌と絵」としてそれを創造として描く。
だからやすふくさんの絵をみて、あっこの短歌ってそんなひきだしがあったのか! とおもわれている方は多いのではないかとおもうんですよね。こういう主題がありえたのかと、〈短歌がもうひとつのかたちで夢みるありかた〉をやすふくさんはえがいているようにもおもうんです。
さいごにとくに意味はないんですが、やすふくさんと以前お話したときに、やすふくさんがボバ・フェットがすきなんですよ、とおっしゃられて、わたしもボバ・フェットすきなんですよ、とふたりでボバ・フェットの話になったので、ボバ・フェットの写真をあげておきたいとおもいます(コトブキヤでさいきん発売されたフィギュアです)。
〈ダンディー〉と〈情けなさ〉の二面性をあわせもつ点でスター・ウォーズ随一という興味深いキャラクターのボバ・フェットです。ある意味でいちばんかっこよく、ある意味でいちばんダメなひとであったボバ・フェット。
やすふくさんの絵は、こちらです。
やすふくさんの絵は短歌をそのまま〈解釈〉していないところがすてきだなとおもうんですね。
だから「短歌の絵」ではなく「短歌と絵」になっているとおもうんです。
やすふくさんが描かれる短歌はゆめやねむりをめぐる短歌がおおかったりもしますが、ゆめやねむりは、それそのものが解釈として限定できないものがおおい。たとえばねむっているときにひとはみずからの理性や言葉やイメージをコントロールできないわけです。どこにも絶対的な審級がない。だからひとがねむったりゆめみたりする行為って、「私のことば」「私のイメージ」「私のわたし」じゃなくて、「私とことば」「私とイメージ」「私とわたし」というふうに、わたしがそれまでとはちがったかたちで〈ひらかれていく〉ということだとおもうんですよね。
だからやすふくさんの絵っていうのはその「私とわたし」に近いんじゃないかなっておもうんです。
解釈として、それをそのまま「短歌の絵」として描くのではなく、「短歌と絵」としてそれを創造として描く。
だからやすふくさんの絵をみて、あっこの短歌ってそんなひきだしがあったのか! とおもわれている方は多いのではないかとおもうんですよね。こういう主題がありえたのかと、〈短歌がもうひとつのかたちで夢みるありかた〉をやすふくさんはえがいているようにもおもうんです。
さいごにとくに意味はないんですが、やすふくさんと以前お話したときに、やすふくさんがボバ・フェットがすきなんですよ、とおっしゃられて、わたしもボバ・フェットすきなんですよ、とふたりでボバ・フェットの話になったので、ボバ・フェットの写真をあげておきたいとおもいます(コトブキヤでさいきん発売されたフィギュアです)。
〈ダンディー〉と〈情けなさ〉の二面性をあわせもつ点でスター・ウォーズ随一という興味深いキャラクターのボバ・フェットです。ある意味でいちばんかっこよく、ある意味でいちばんダメなひとであったボバ・フェット。
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