【こわい川柳 第七十七話】うみおとす-現代川柳の〈産む〉をめぐって-
- 2015/08/24
- 12:00
産の上にて身まかりたりし女、その執心このものとなれり。その形、腰より下は血に染みて、その声、をばれう、をばれうと鳴くと申しならはせり。 『百物語評判』
【私は生まれなおしている、とスーザン・ソンタグは言った】
今回お話してみたいのは、川柳のなかの〈産む〉という行為はひじょうにどくとくだという話です。
もっといえば、川柳のなかでは〈誰か〉を〈きちんと〉産むことはできない。産むことは〈ノイズ〉をめぐる行為になってしまうんだ、というお話です。
現代川柳と〈産む〉行為をめぐって、それではこれまで〈うみおと〉してきた川柳をみてみましょう。
誰もいない部屋で入道雲を産む 広瀬ちえみ
男の子産んであげると椅子が言う 榊陽子
ペガサスを産む18ページ後方で なかはられいこ
産んだ子は温かかった寒かった 松岡瑞枝
さくら満開こどもを産んでみたいのです 檪田礼文
赤ん坊と視線が合わぬように産む 佐藤みさ子
もちろん、十把一絡げに〈こうだ〉とまとめることはできません。〈産む〉ことには、それぞれの〈うみおとす〉ノイズがある。
ただひとついえそうなことは、〈産む〉行為が人称的かかわり合いとズレてゆくところです。この意味で川柳においては〈産む〉ことはダレカを産むことではない。むしろ、ナニカを産むことなのです。
たとえば「誰もいない部屋で入道雲を産む」語り手。この「誰もいない部屋」という非人称的場所で、誰のものにも所有化されない、ジェンダーもない「入道雲」をうむこと。どこでもない場所で、なにものでもないモノをうみおとすということ。
もしくは「男の子産んであげる」とナニモノかが特定されたときは、その〈産む主体〉がナニモノでもない「椅子」になってしまうということ。
あるいは「18ページ後方で」と書物の、意味の、テクストのなかで出産されるということ。ペガサスが。
川柳にとって〈産む〉ということは、みさ子さんの句にあるようにたえず〈視線〉をズラすことではないかとおもうんですね。社会から制約されている強力なコード、出産はこうあるべきだという人称的コードをズラしていくこと。
それが現代川柳における〈出産〉なんじゃないかとおもうんです。〈出産〉という規定されがちな意味の磁場を問い直すこと。「視線が合わぬように産」んで。
社会から要請される〈視線〉をズラし、「ひりひり」を産出しつつ、快楽原則に反した「産まない」場所から、問い直すこと。
おとなにはなつてしまつてそのあとのひりひりながい産まないをんな 本多響乃
【私は生まれなおしている、とスーザン・ソンタグは言った】
今回お話してみたいのは、川柳のなかの〈産む〉という行為はひじょうにどくとくだという話です。
もっといえば、川柳のなかでは〈誰か〉を〈きちんと〉産むことはできない。産むことは〈ノイズ〉をめぐる行為になってしまうんだ、というお話です。
現代川柳と〈産む〉行為をめぐって、それではこれまで〈うみおと〉してきた川柳をみてみましょう。
誰もいない部屋で入道雲を産む 広瀬ちえみ
男の子産んであげると椅子が言う 榊陽子
ペガサスを産む18ページ後方で なかはられいこ
産んだ子は温かかった寒かった 松岡瑞枝
さくら満開こどもを産んでみたいのです 檪田礼文
赤ん坊と視線が合わぬように産む 佐藤みさ子
もちろん、十把一絡げに〈こうだ〉とまとめることはできません。〈産む〉ことには、それぞれの〈うみおとす〉ノイズがある。
ただひとついえそうなことは、〈産む〉行為が人称的かかわり合いとズレてゆくところです。この意味で川柳においては〈産む〉ことはダレカを産むことではない。むしろ、ナニカを産むことなのです。
たとえば「誰もいない部屋で入道雲を産む」語り手。この「誰もいない部屋」という非人称的場所で、誰のものにも所有化されない、ジェンダーもない「入道雲」をうむこと。どこでもない場所で、なにものでもないモノをうみおとすということ。
もしくは「男の子産んであげる」とナニモノかが特定されたときは、その〈産む主体〉がナニモノでもない「椅子」になってしまうということ。
あるいは「18ページ後方で」と書物の、意味の、テクストのなかで出産されるということ。ペガサスが。
川柳にとって〈産む〉ということは、みさ子さんの句にあるようにたえず〈視線〉をズラすことではないかとおもうんですね。社会から制約されている強力なコード、出産はこうあるべきだという人称的コードをズラしていくこと。
それが現代川柳における〈出産〉なんじゃないかとおもうんです。〈出産〉という規定されがちな意味の磁場を問い直すこと。「視線が合わぬように産」んで。
社会から要請される〈視線〉をズラし、「ひりひり」を産出しつつ、快楽原則に反した「産まない」場所から、問い直すこと。
おとなにはなつてしまつてそのあとのひりひりながい産まないをんな 本多響乃
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